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じじ、と煙草が音を立てて燃えている。

憎らしげに銜えながら、目の前に広がる光景を睨む。

それはいつもと変わらぬ情景であった。



晴れた天気の下、甲板にて各自、各々の好きなことをする。

至って陽気な日常。

ルフィとチョッパーとウソップは餓鬼のように遊んでいて、フランキーは工作、ブルックはヴァイオリン、ナミさんとロビンちゃんは読書。

クソマリモはトレーニング。


至って陽気な日常。


いつもと変わらぬ情景だ。

しかし、それが問題だ。

俺を悩ませるたったひとつの日常の弊害――それはアラシであることに他ならない。

見るごとによってその行動は違う。

ルフィ達と遊んでいることもあるし、クソマリモと一緒にいることもある。

割合でいうなればルフィ4、クソマリモ6といったところか。

いやルフィ3、クソマリモ7。

とにもかくにもアラシは、クソマリモと仲が良い。

今も、トレーニング中のクソマリモの手伝いをしている。

腕立て伏せや背筋の背中に乗ってやったり、腹筋のために足を抑えてやったり、昼寝をするときなんざ膝枕をしてやっているときもある。

とにかく触れていることが多い。

スキンシップが多い。

アラシに惚れている身としては、非常に不愉快この上ない。

俺は手摺に肘をついて、クソマリモとアラシを眺めていた。



諦めるべきか。


体勢を変え、背中を手摺に預け、空を見上げる。

鴎らしき鳥が飛んでいるのが見えた。

紫煙がくゆらいでいく。

おそらく、あの子は仲間を仲間としか思っていない。

兄弟、姉のようにしか感じていないのであろう。

だからあんなにもスキンシップが簡単に出来るのだ。

しかしそれが、相互に思っているとは限らない。

たいがいが意識していないだろうけれど、あのクソマリモが文句ひとつ言わずに傍に置いているところを見ると存外怪しい。

発展させるつもりがあるのかないのか定かではないが、俺としてはぜひとも辞めていただきたい。

心臓がもたない。

告白をして、仲間でいられなくなるくらいなら、俺自身さえもこの気持ちに蓋をしてしまおうとまで考えているのに、あの筋肉馬鹿がそうでないのなら怒りに任せてしまいそうだ。

告白するか、しないか。

諦めるか、蓋を開けるか。

日々、その悩みは深淵に沈んでいく。

永遠ループ。負のスパイラル。

もう一度体勢を変えて、アラシを見る。



「…え」



そこには、上半身裸のクソマリモに押し倒されているアラシがいた。

先程までの状況とうってかわった非日常に頭がフリーズしたけれど、次の瞬間には駆けだしていた。



「おいてめえ!」



クソマリモの背中に怒鳴り散らせば、あ? とそのままの体勢で俺を睨みあげてくる。

どうやら俺の声にアラシも驚いたらしく、真ん丸の目で俺を見た。



「何してんだ、離れろよ」



言うと、クソマリモとアラシは互いに見合って、アラシは笑い出した。

両手首を握られて拘束されているこの状況でどうして笑えるのか不思議で仕方がない。

眉根をひそめていると、アラシが説明を始めた。



「違う違う。トレーニング終わったゾロの背中を拭いてあげてたんだけど、どうしても悪戯したくなっちゃって、くすぐったの。それでゾロが辞めろって言いながら、この状況。サンジくんが考えてるような暴れ馬じゃないから大丈夫」



きゃっきゃと笑うアラシと、アラシの上からどくクソマリモ。

クソマリモはアラシの頭を、悪戯を諌めるように小突いて、でも微笑んでいた。

なぜだか二人の距離が、俺とアラシのそれよりも大分近いような気がして、焦燥感に駆られる。

もしかして、仲間だと思っているというのは間違いで、アラシもクソマリモが好きなんじゃないだろうか。

男として一緒にいたいと考えているのじゃないだろうか。

そうすれば今の今までずっと2人が一緒にいたことも説明がつく。

ひとり焦っているのは俺だけで、邪魔なのも俺なのじゃないか。

ドラマでいうヒーローとヒロインの邪魔をする第三者は俺なのじゃないか。

そういう考えに至ってしまうと、仲裁に入った自分が馬鹿に思えて、恥ずかしくなって、溜息と一緒に紫煙を深く吐いた。

何も言わずに踵を返す。

背後で俺を呼ぶ声が聞こえたけれど、とにかくこの場を離れたかった。

俺の心の拠り所であるキッチンに椅子を寄せて、座る。

コーヒーを一人淹れて、項垂れた。

気付いてしまった。

わかってしまった。


お邪魔虫は自分だったか。


蓋をするもなにも、開ける資格さえなかった。

濃いコーヒーを口に含んで、いつも以上にある苦味を堪能する。

この一杯を飲み干したら、すっきり諦めよう。

この想いを胸の奥のそのまた奥に押し込んで、これまで通りに生きていけばいい。

そんなことを考えていると、食堂の扉が開く音が聞こえた。

ちょうど死角にいたので、覗くと、アラシがいた。


アラシは俺を見つけると、にんまりと笑って、歩み寄ってくる。

椅子に座った俺の正面に立った。



「怒った?」



無垢な質問だった。

いつだってこの子は純白のように微笑む。

俺は少しだけ頬を緩めて、首を振った。

すると、予想外とでもいうように、アラシは唇を尖らせた。



「そうなの?」
「そうだよ。怒ってない」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
「ふーん」



アラシは何かを考えているようだった。

けれど答えは出なかったのか、宙に向けられていた視線がぱっと俺に戻ってくる。

実に黒目の大きい目で、見ているとそれだけで微笑ましくなるのだから不思議だ。

綺麗だとか、可愛いだとか、そういうレベルのことじゃなくて、自然と微笑んでしまう力がその瞳にはある。

惚れた弱みというやつかもしれない。



「わかった。ならまたゾロのところ行ってもいい?」
「…何で俺に聞くの?」
「いつもサンジはあたしを見るとき、心配そうな目をしてるから。他の男の人と仲良くするの好きじゃなさそう」



俺は考えた。

いつの間に、俺の視線を受け取っていたのだろう。

いつも俺のことなんか気付いてもいないようだったのに。

俺の知らぬ間に俺の視線をわかってしまっていたらしい。

カップを持っていない手で、ぽりぽりと額を掻いた。

肯定したらもはやそれは告白だし、否定したら嘘になってしまうし。

どうしたものか。



「じゃ、行ってくる」



そう言って、駆けだそうとするアラシの腕を掴んで引き留めてしまった時点で、もう告白したも同然だ。

掴まれた腕を見て、アラシは床を見た。

無意識にカップを落としてしまっていたのだ。

床に散らばるコーヒーと、割れたカップの破片。

しばらく俺とアラシは見つめ合って、俺が先に逸らした。

言ってしまいそうになる。

好きだと。

そこまでの勇気が出せなくて、俺は破片を拾うために屈んだ。



「手伝うよ」



言いながらアラシも屈む。

カウンターの内側に、俺とアラシの2人きり。

いつも俺しかいない場所に2人もいるものだから狭くて距離が近くて、他には誰もいなくて。

破片を拾うのも忘れて、見入ってしまった。

何の疑いもしない表情で、破片を集めるアラシの睫毛は長い。

色白で、滑らかな肌と、形のいい唇。

絹のような髪からの香り。

堪らず、アラシの腕を掴んで引き寄せた。

そしてそのままキスをする。

俺は座り込んで、アラシの腕を引いたまま、その唇を奪った。

驚いたのか、初め離れようと抵抗を見せたアラシだったけれど、キスに応えるようになる。

触れるだけのキスをして、角度を変えてその感触を味わう。

離して、吐息が混じり合った。

アラシの瞳を、触れそうな距離で見つめた。



「ごめん」



唇を動かすだけで、唇に触れる距離。

吐息がぶつかりあう距離。

その距離で、アラシが微笑んだ。



「なんで謝るの」



その笑顔、反則。

今度は俺も笑って、蓋を開けてしまった。




「好きだから」




そして返事も待たず、もう一度キス。

逃がさないように後頭部を抱き寄せて、頬を包んで。

アラシはもうほとんど俺にもたれかかっている。

舌をねじこんで、音を立てた。

熱くなるアラシの唾液。ずるい。

とめられない。




「サンジー!」



そのとき、食堂の扉が開いてルフィの声が聞こえた。

はっとしたアラシ。

僅かに生まれる距離。

けれど、もう止められない俺はその距離すら許さずに抱き寄せた。

アラシの華奢な体を抱き寄せて、しわくちゃになるまで抱きすくめる。

息も止めてしまえば音なんて聞こえない。

深く舌を入れれば、呼吸さえ出来ないだろう。

いや呼吸さえ奪いたい。

何もかも全て俺のもの。

全部。ひとつ残らず。



「あれ、いねえのか」



扉が閉まって、去っていく足音。

ようやく俺は、アラシに呼吸する暇を与えてやった。

肩で息をするアラシの頭を撫でて、額に額を当てる。

どちらのものかもわからないくらい熱い。



「あー、もう。やっぱだめだ」



我慢できない。

そして再び、アラシの唇を貪った。






珈琲を吸った床
(諦めなくても、いいかな)

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