(N)こゐふみ
羨ましい、人間の体が恋しい。
ある日私はこの世界へ来た。この世界と言うのは二つ有る。
一つは場所の概念。二つは存在の概念。
私は当たり前の生活を当たり前の様に詰まらなく生きていた。
朝起きて学校へ行って家に帰ってPCをして寝る。
何度も何度も廻り行く毎日を少しの変化だけを起こして一定のリズムで生きてきた。
その日常が幸せだなんて当たり前なのだからそうは思わないだろう。
むしろその逆だと思い続けていた。
それが一変して私は人間の頃に比べて不便な体を手に入れた。
見知らぬ世界で草原に、ポケモンとして存在した。
ポケモンの生活は苦痛で仕方が無い。
衣食住が儘ならず、寒暖も耐えて過ごすしかない。
時には敵となるポケモンだっている、バトルの仕方なんて知らないだから逃げるしかない。
トレーナーに拾われる事も、仲間のポケモンに出会うことも一切なかった。
もし私が人間ならば誰かを頼れば助けてくれるかもしれない。
イフの可能性なんて幾らでも出てくる。
でも私は今ポケモン。言葉も動きも儘ならないちっぽけなポケモン。
声に出して泣いたって、誰も居てくれない。
でも、そんな私に声を掛ける人物が一人。
その人は優しくて温かくてどんな人間よりも綺麗で。
彼の名前はそう、
「…ボクはN。どうして泣いているの?」
私を拾ってくれた彼はポケモンの言葉が分かる。
だから私の境遇も全て分かってくれた。
それでも優しい言葉を掛けてくれた、抱き締めてくれた、元人間でも。
泣いて蹲ってばかりの私を彼のトモダチはずっと傍にいてくれた。
私はNを信じた。
Nは人間達からポケモンを解放したいらしい。
私は誰かに囚われた訳ではないけれど、私の様な気持ちでトレーナーに縛られているポケモンたちが居ると思えば苦しかった。
だから私は彼が英雄に認められてトモダチとの世界を作ることに何の疑問も抱かない。
ポケモンになれば分かる気持ちを人間たちは知らない。
Nがやっていることが全て正しい、何時の間にか私はそう思うようになっていた。
恋は盲目、よく言うものだ。
私はNが好きになった。最初はよく分からなかったけどこれが恋だと理解した。
彼の微笑んだ顔も彼の困った顔も全てが愛しくて恋しい。
ポケモンたちだけに与えられる愛情がとても優越だった。
だけれど彼も人間、その感情を知る日は来る。
女の子と一緒に観覧車へ乗ったらしい。そして何度もバトルをしたらしい。
その子は強くて可愛くてとても真っ直ぐな感情を持っていて、ポケモンたちに好かれている。
それを話したNの表情はどんな笑顔よりも綺麗で、恥らっているようで。
私は理解した、Nはその女の子に恋してる。
人間として当たり前の、生まれて初めて接したであろう女の子に。
私は嫉妬しているのだろうか、これほど人間が恋しかったことは無い。
人間であったならば彼は"女の子"として見てくれただろう。
人間であったならば彼は"人間"に対しての言葉をくれただろう。
人間であったならば私は彼に愛や恋を告げれただろう。
忘れていたイフの考え、忘れていた涙が溢れ出る。
苦しくて寂しくて寒い、ポケモンの鳴き声でしか泣けない声。
とても惨めだった。
女の子が城に来て、Nが敗れてしまった時。…物語のラストページの手前の場面。
Nは女の子に思いを告げた。イフで見た"サヨナラ"ではなく。
女の子は真白な肌を真赤に染めて、その言葉にうろたえながらも綺麗な表情で肯定を表した。
二人の想いが重なって、唇が重なった時私の中の一部の何かが壊れた。
血の様にドロリとした涙が頬を流れた。
手足に力が入らなくなって震えている手足を歪む視界で眺めていた。
もう人間であっても、もう、人間であってもこの想いは届かない。
無意識の底に沈めていた感情と苦痛が湧き出でる。
嗚呼、目の前に青空が有る。崩れた瓦礫が私を誘う。
N、N、そう呼んでも彼は反応しない。二人の世界に私はいない。
バキリと地面が崩れた音がした。
私の体が浮き上がり、飛べない体が真下へ落ちる。
それでもそれでも気付かない、二人はそんな事気づかない。
あんなにポケモンの命を安じていたNはもう私の中にはいない。
それとも私が人間だからそんなのは通じないのかもしれない。
手足が見える、黒髪が揺れる、肌色が落ちていく。
地面へ向かって私は念願の人間へ戻って。
N、私貴方のこと大好きだった。
初めて好きになった人だった、ずっとずっと恋してた。
けれど貴方との間にあった存在の境界線がそれを叶えてはくれなかった。
私、ずっと…
こゐふみ
(フブキ、可愛い名前だね。おいで、ボクのところへ。)
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