「…珍しいな。こんなところにお客様なんて。」



なんてったってここは『情報の墓場』。彼女自身がそう表した。
僕もそう思う。目一杯情報の海を泳ぎ切って、辿り着いた先がここ。まさに墓場。
僕もここに骨を埋められればいい。あんだけ話題になったんだし、朽ちた情報としてここに収まることも、夢ではないかな。



「もしかしてお目付役?」
「まさか。オフだから遊びに来たんじゃない。」



ラフな出で立ちでパンプスをカツカツと鳴らしながら、彼女は現れた。
初めて見た時も思ったけど、義体だからか。彼女は目を引く容姿をしている。
いつも新しい空気を纏ってる。最新鋭の技術がそうさせるのか、或いは彼女自身の印象がそうさせるのか。
墓場にはとことん似つかわしくない。
墓参りにしても縁遠そうな感じ。



「遊びに…か。平和で何よりだ。」
「だったら良かったんだけどね。」



表向きは存在しなかった公安9課。その存在が明るみに出て、壊滅して。
再びひっそりと旗をあげようとしているようだけれど。
一部始終を目の当たりにして尚且つ、あまり良い関わり方をしていないものだから、若干の引け目が無いこともない。
いや、物凄く引け目がある。
恐らく仮初めの安穏を押し付けられている現状だろう。



「ごめんなさい。」
「責めるべきが貴方じゃないのはみーんな分かってる」



手持ち無沙汰に背表紙をなぞりながら、ため息混じりに彼女は言った。



「…本は読むのかな?」



あからさまな方向転換に、言った自分自身が閉口してしまう。
そういえば自分は他人と会話を楽しむような性質でもなかったような気がしてくる。なんてったって、彼女に言わせれば頭でっかちだったから。
それでもあの時、意識だけの彼女と初めて対話をしたとき。或いは初めて有機的なこの空間で会話をしたとき。純粋に僕は楽しさと嬉しさを感じただろう。

きっと今もその感覚は覚えているし、感じる。
ふふ、と小さく穏やかに笑った彼女を見て、そう思った。



「それは紙媒体の書籍のことを指しているのかしら?だとしたら、YESともNOとも言えないかもしれないわ。」
「なぜ?」
「…昔はね、好んで読んでいたの。私は状況に迫られて電脳化と義体化をしてしまったから、どうしても昔の感覚を忘れたくなくて。
 でも、あらゆる意味で無駄だ、って分かってしまってから、めっきり触らなくなってしまったわね。」



紙自体触るのは書類ぐらいなものよ。自嘲気味に彼女は言う。



「最後に本を開いたのは?」
「…もう、数年前。」



それじゃあ。僕は自動書庫ボットにコマンドを送る。
絶え間なく動いていた腕を一本空け、目的の本を取り僕に差し出した。そっと受け取れば、それはまた無機質に本を整理する作業に戻っていく。
効率を考えればあれが一番なんだろうけど。なんだか寂しくなって、司書ロボットを新調することをほんの少し考えた。



「これを。」



彼女に渡したのは、カラフルなドットがぱらぱらと表紙を彩る可愛らしい文庫。



「…『ナイン・ストーリーズ』?どうしてまた」



1953年に出版された、サリンジャーの作品だ。本の虫の僕は好んで読んだけれど。一般的にはどうかな。
彼女の含み笑いを見るに、既読のようだ。
題の通り9つの物語。



「それは僕のかわり。」



『笑い男』を含む9編の短篇集。



「本当は僕を読んで欲しかったけれど。まだここに眠るには早すぎるし薄っぺらすぎたみたいだからね。」



伝記、でもなく、エッセイ、でもない。僕という存在を手にとってもらいたい。誰しもに存在する欲求。
僕は存在に対して若干それを持て余し気味だったのかもわからない。
馬鹿馬鹿しい。「僕を読んで欲しい」だなんて。笑えた。



「…あらそう。ここで、眠りたいの?」
「ゆくゆくはね。」



本棚の一番上の段の背表紙に、目を凝らした。
そこに何が収まっていたかは、よく覚えていない。
夢が叶ったとしても、そんなものだろうな。



「きっと今の貴方じゃ無理よ。」



分かりきった答えを口にされても、いざ聞いてみると泣きたくなるものだな。
淡々とした言葉を聞いて小さく笑った。
彼女は僕が渡したそれをぱらりとめくって、コツコツと足音を鳴らしながら、そこを離れていく。



「…どこへ?」
「外。…貴方が思ってるほど海は狭くないからね。」



彼女こそ、この世界を泳ぎ切って、この墓場に身を沈めるのがお似合いになる日が来る。のだろうか?
振り返った彼女の顔を見て、思う。ああ、この人の眠る顔はさぞ美しいだろうな。



「両手の鳴る音は知る 片手の鳴る音はいかに?」



そう、僕は片手のなる音すら知らないけれど。きっと貴女は知ってるんだろうから。




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