「あー、サボりだあ。仕事しなよ購買のおねえさん。」





本の文字を辿っていた視線にちらりと黒い物体が過ぎった。長財布だった。





「…君に言われたくないよ。サボり、実に良くない。今の学生のお仕事は3時限目を受けることですよ折原くん。」





カウンターの窓から身を乗り出して真っ直ぐに私の目を見つめる青年は、なんとも憎たらしい綺麗な顔をしている。
青年はにこりと笑いながら身を戻してカウンターに肘を付けた。
視線は私から一向に逸らされる気配は無い。手にしていた文庫本を閉じた。





「これから屋上?」
「うーん、そのつもりだったけど、なんか先客が居そうな感じなんだよね。どうしようかな。」





私は並んだパンからチョコチップメロンパンを引っ掴む。
此処の一番人気だ。正直意外。購買の一番人気は焼きそばパンと決まっているだろう常考。
彼曰く、焼きそばパンは神出鬼没だから人気が上がらないらしい。
欲しい時に無いんだそうな。ちなみに焼きそばパンが毎日購買に並ばないのは大人の事情による。





「はい。」
「ありがとう、おねえさん。」





120円と引き換えに彼はチョコチップメロンパンを手にする。
毎日彼はここでパンを1つしか買っていかない。
少食なんだろうか、これは間食で弁当は別にちゃんと持ってきているのだろうか。
一般男子高校生なら後者っぽいが彼の腰の細さを見るに前者もありえなくはない。
…羨ましい。Tシャツの腰辺りをなんとなしに眺めた。





「おねえさん渋い物読んでるねえ。」





彼は閉じられた文庫本の表紙を一瞥して言った。
…渋いかなあ?と呟きながら私も表紙を見る。風と共に去りぬ。此処の学校の図書室で拝借したものだ。
実はリアルに私が青春していたとき辺りにこの本は既に2回読んだ。飽きた。





「折原くんって本読むの?なんかオススメ無い?」
「んー?最近読んだのは「詭弁論理学」かな」





なかなかに趣味が悪いようだった。
なるほど。詭弁術なあ。彼にピッタリというか普段からフルに活用されている気がした。
でもこの青年をたまには説き伏せてみたいので、読んでみてもいいかなと思った。



彼はチョコチップメロンパンを手にしたというのに、未だカウンターに肘を落ち着けている。
視線はまだ私だ。なんなんだ気恥ずかしい。
実は見ているのは私じゃなくて私の向こう側にある何かというオチなのかと振り返ってみたら何もなかった。
ということはやっぱり見ているのは私なのか。何とも言えない気まずさに頬に微かに熱が集まる。
何度か言葉を交わしたことがあるから分かるが、彼はあれなんだ性格は悪いがやっぱり顔は綺麗だ。





「おねーさん」
「何よ。」
「俺なんかこーしてるの好きかも。」
「…はあ?」





青年は謎の言葉を吐いてカウンターから距離をとった。
私の頭はその言葉の解読に忙しい。こーしてるのってどーしてるの?
購買で買い物してるの?私と話しているの?私を見つめているの?
そんな私を他所に彼はまた窓から身を乗り出す。あれ?何故?





「じゃあ、またね、錫。」





唇を掠める感覚を感じながら、「ああ名前覚えててくれたんだ」と思った。







また、3時限目の終わりに、



(チョコチップメロンパンを買いに、君に逢いに。)








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