「あら、遅かったわね。」
なんだかげっそりとした顔で帰ってくる彼女が面白くって、思わず笑ってしまう。
髪から滴ったぬるい雫をタオルで拭いながら労えば、スズはただいまも言えず目だけで返事をしながら、カバンを放り出した。
「今日は貴女の方が先に上がったじゃない。遅かったわね?」
「バトーさんとサイトーさんに捕まっちゃった。酔っぱらいほど面倒なものは無いってのは本当だね。」
ソファに身を投げ出し、ぽつぽつと彼女は呟く。
二人共場を弁えて酔うタイプの人間だけど、一度ハメを外すと質が悪い。
一人でそれを躱すのは至難の業だ。そりゃ疲れるわね。
…でもなんだか、ある種気持ち良く精神的に疲れきってる彼女ってのもレアな気がして、微笑ましくなってしまった。
投げ出された身にのしかかるようにして抱き込む。
「シャワー、浴びちゃえば?」
「…うん」
もう既に寝ぼけ眼に見える。あらあらと小さく笑えば、腰に腕が回ってきた。…こんなこと、今までにあったかしら。
「…いい匂いがする。」
「スズはアルコールとタバコの臭いがする。」
「…ごめん。きらい?」
「嫌いじゃないけど、貴女の匂いがしないのはイヤ。」
頭を撫でながら、項に顔を埋めてすうと息をする。サイトーのタバコの臭いだ。スズの前では吸ってほしくなかったな。
彼女の指が私の鎖骨をなぞって、するすると下に滑っていく。
ぎくりとした。
「…なあに?なんか珍しい。」
何も言わずに、彼女は唇からほんの少し外れたところにキスをした。キスと呼ぶのも憚られる様な、優しい接触だったけど。
そんな行為に酷く頭が熱くなって。ああ、まずい。
酷くリアルに思考が崩れていく様を脳だけで感じて、どうしようもなくなって、彼女の額に自分の額を合わせた。
妙に長い息が頬にかかる。近さを再認識しかけたとき、噛み付くようなキスを仕掛けられて、柄にも無く声が上がった。
「素子さんって即物的なとこあるけど、仕掛けられる方になるとムードに弱くなるんだね?」
「…そんな誘い方教えた覚えないわよ。」
咎めるように言えば、満足そうに笑って。お風呂あがりは本当にずるいと呟いた。
ムードもへったくれもないその言葉を聞いて、なんとも言えない気分になりながら、
私は彼女のシャツに手をかけることにする。
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