「君は戦闘向きではないのだから、すこし自重しなさい」

 真夏の大雲を思わせる白い海軍の服に身を包んだ男が、それとはまさに対称的な、深い夜を想起させる黒の陸軍服を身に纏った少女に向かって、少しばかり強めの口調でそう言及していた。少女は右腕を包帯で固定され、さらにそれとは逆の左の太腿も損傷しているらしく、左腕は松葉杖を脇に挟んでいる。ひどく動きづらそうで、とても痛ましい姿だった。軍帽の廂からは小づくりな鼻梁が覗いているが、うつむいているために表情は伺えない。男は厳格なため息をついた。

「その傷は文字通り瞬時になおすこともできる。だが今回、君にその手段はとらない。入院して時間をかけて傷を治すんだ。わかったね?あきつ丸」

 彼女はここへ来たばかりの頃、手のひらを見せ脇を開く陸軍式の敬礼で彼の命令に応えていた。しかし今では、スペースを取らない海軍式の敬礼がすっかり身についてしまっている。彼女は彼に対してその海軍式の敬礼を行おうとして、自身の利き手が固定され動かないことに思い至った。それで反対の手を使おうとしたが、こちらも塞がっている。どうしたものか、と彼女は割に高いところに位置する彼の顔を仰ぎ見た。彼は彼女が何を言わんとするのかを理解し、心持ち表情を柔らかくしてみせた。

「あきつ丸。私は怒っているように見える?」
「提督殿は自分に……失望されたのでありましょう」
「どうしてそう思うの?」
「自分などが編成されても、隊の足手纏いであります。此度の出撃も、自分がここまで損傷したために艦隊は撤退を余儀なくされたのであります。こんなお荷物な自分は、提督殿の不信を買って当然なのであります」
「随分としおらしいじゃないか。君らしくないね」彼はちいさく吹き出した。
「提督殿、自分、真剣に言っているのでありますぞ」
「そうだな。これは真剣な話だ」

 彼は自らの軍帽の角度を調整し、逡巡したのち彼女を見据えた。身に纏う服の色は正反対だが、彼女と彼の瞳の色はよく似ている。

「正直に言って、私は君を戦場に出したくない。けどそれは、君自身の能力に不服があるというわけでは決してない。君は特殊な艦だ。他の艦にはできないことが君にはできる。もっと自分を誇りなさい」そう言いながら彼は手袋を取り、執務室の机の上に置いた。
「しかしそれとは別に、私はただひとつの気持ちとして、君にかすり傷ひとつ負ってほしくないのだ」彼は素肌となった片方の手で彼女の損傷した右腕に触れた。
「許されないことかもしれない。私のような立場の人間はすべての艦を平等に扱うべきだ。でも私は君が必要以上に傷を負って帰還する姿を見ると、どうにもやりきれなくてつらいんだ」
「提督殿」
「なに?あきつ丸」
「自分、提督殿のお役に立ちたい……」

 彼女は深くうつむき、美しく細い声を震わせながら思いの丈を精一杯伝えた。彼女の真白の頬に垂れかかる一筋の黒髪と、その白さゆえに主張の強くなる頬に差した赤は何よりも雄弁に彼女の思いを語っている。彼は彼女の右腕に触れていた手で彼女の髪をより分け、頬に触れた。

「ねえ、今君を抱きしめたら怒る?」
「あまりきつくは、痛いでありますからね」

 彼女の忠告どおりやさしくいたわるように彼女を抱きしめた彼は、彼女の左手の薬指に差し込まれた指輪のまわりだけが他の部分と比べ綺麗であることに気付いた。自分はきっと、彼女にやさしくする権利なんてはじめから持ち得てなどいない。



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