すっかり寒くなった2月。
WCが終わって、部活を引退してからもう2ヵ月近く経とうとしているのだから、卒業何てまたあっという間に来てしまうのかと思うと、どこか寂しい。
人気の少ない都心の駅は女子の浮いた声が目立つ。
どこの店でも"バレンタインデー"という文字を掲げていて女子がわらわらと集まっている。
「笠松さん」
その風景を眺めていると、名前を呼ばれ、右を見るが誰もいない。左を見ても見当たらずまた右をみる。
「ここです。」
「ぅおっ!?」
すると相変わらず影の薄い彼は俺の右側にいた。
「お久しぶりです。」
「あ、あぁ…WC以来になんのか…」
取り敢えずこっちです。と黒子と横に並び、目的の場所へと移動する。
「急にメールして、悪かったな…」
「いえ、大丈夫ですよ。笠松さんからメールは初めてだったんで驚きましたけど」
前の練習試合の時に色々あって連絡先を聞いていたのにメールをしたのは昨日が初めてだった。
「僕もそう思ってたんで」
そうして案内されたのはそこそこ大きめなマンションで、
「お前、ここ…」
「火神くんの家です」
ですよね、と突っ込みながら、エレベーターに乗った。
外はもう、すっかり暗かった。
「どうぞ?」
「…お邪魔、します…?」
我が物のようにドアを開け、俺を誘導してくれる。
こういうのが当たり前になってるのって、少し羨ましいなと思った。
「お、戻ってきたか、黒子、と…笠松、さん…?」
「ぎこちねぇのは相変わらずか、かわんねーなお前ら」
「それより、じゃあ早速作りましょうか、チョコ」
その言葉にうっと喉が詰まった気がした。
そう、今日は明日14日のバレンタインデーに渡す、チョコを作りにきたのだ。
黄瀬と同じ高校で過ごすのは最後だからせめてと思ったのだが、まったくもってそんな物は使った事がなく、どうしたらいいのかと同じ境遇の黒子に聞いたところ一緒に作ろうという話になったのだ。
「てか、お前火神に渡すのに火神の家でつくんのかよ」
「火神くん、料理上手いので…」
「つまりはお前も出来ないんだな…?」
「……最初は僕にチョコをかけて、チョコフォンデュにするつもりだったのに猛反対されちゃったんです。」
黒子が火神を睨むと火神がビクッと反応した。
「…お前も苦労してんだな…」
「うっせぇ…です…」
「まぁ気を取り直して作りましょう?火神くん、よろしくお願いします。」
「お願いしますっ…!」
黒子が頭を少し下げたので、俺もつられて頭を下げる。
「まぁチョコぐらい簡単にできるはずなんで、ちゃっちゃとやっちまいましょう」
男三人でキッチンに並ぶと少し狭いが、これはこれでいいと思った。
「火神くんはチョコ甘くていいですか?」
「あぁ、いいけど?」
がさがさとビニール袋を漁りながら黒子が火神に聞く、火神は甘いもので大丈夫らしい。が…
「じゃあ、黄瀬くんはビターでいいですか?」
「あ、うん、寧ろビターでいい。」
前に黄瀬は甘いものが苦手だと言っていた。
だから、ビターを買っておいてよかった。
それから何度も作ってみた。
たくさん失敗をしながら結局普通に作り上げられた。
「…こんなもんか…?」
「つか結局黒子のと混ざって甘くなっちまったんだけど…」
「細かいことは気にしないほうがいいです。」
何回か黒子がボールをひっくり返して、俺のと混ざって甘くなってしまった。これでも黄瀬は食べられるだろうか…。
「でもまぁありがとな、…と俺もう帰るな」
「駅まで送る、です」
「いいよ、女じゃないんだし…」
じゃあ、と無理矢理に荷物をまとめて火神の家をでる。
「帰り、気を付けてくださいね、あと、黄瀬くんに渡すの頑張ってくださいね、なんとなく想像つきますよね?」
「…おう、お陰さまでな、じゃあ」
「お疲れさまです!」
火神と黒子が玄関で見送ってくれ、行きに黒子と通った道を一人で戻った。
「…明日、渡せるかな……」
ボソッと呟いた言葉は冬の空に消えていった。