無愛想な騎士



ルブラン率いる小隊にヘリオードの宿まで連れてこられたななしは、一人広い部屋で外の景色を眺めていた。エステルは別室に連れていかれ、ユーリ達はこの街の騎士団本部で事情聴取を受けているらしい。


『ルブランさんなら、お話を聞いてくれるかも…』


カルボクラムからの道中はルブランも忙しそうで話す機会がなかったが、今なら彼も本部にいるだろう。

せめて、ユーリが自分を誘拐したという言葉は間違いであることを伝えたいと思い、ななしは部屋を抜け出して騎士団本部を目指した。









『ここ、ですよね…』


ななしは街の東側の入口近くにある建物の前で、ぐっと拳を握り気合を入れた。そして扉を開けて一歩踏み出せば、中で待機していたらしい騎士の一人がズンズンと近寄ってくる。


「何か用か」

『あの、ここに捕まっているユーリさん達の事でお話が…』

「今は事情聴取中だ」

『なら…ルブランさんにお会いできないでしょうか?』

「ルブラン小隊長も同席している、今は無理だ」


騎士は兜を被ったままでその表情は見て取れないが、おそらく険しい顔をしているのだろう。ななしの前に立ちはだかり、彼は一歩も譲らなかった。


『じゃあ、ルブランさんに伝言を…!』

「…私が聞こう」


なおも食い下がるななしを追い出そうとした騎士は、ななしの後ろに立つ人物に慌てて敬礼を送った。


『?』

「シュ、シュヴァーン隊長!」


ななしが振り返れば、そこには鼠色の長い前髪で片目を隠した騎士―シュヴァーンが自分を見下ろしていた。


「こちらへ」

『え、あ、はいっ!』


短くそれだけ告げて本部内の部屋へ入っていくシュヴァーンを、ななしは急いで追いかけた。部屋の中は長い間整頓されていないのか、書類や本が机の上や棚に散乱している。


「ルブランへの伝言とは?」


威圧感のあるその声色に、ななしは緊張しながら口を開いた。


『あの、ユーリさんが私を誘拐したという件なんですが、あれは間違いなんです!成行き上仕方なかったと言いますか…その、今は自分の意志でユーリさんと行動しているんです!』


シュヴァーンはこちらに背を向けて窓の外を眺めながら、ななしの話を黙って聞いていた。そしてななしが言葉を切ると、彼は頷いて「わかった」とだけ答えた。

あっさりと了承され、ななしは戸惑いながら確認する。


『えっと…じゃあ、ユーリさんの罪は軽くなりますか?』

「…彼の罪は帳消しにされた」

『帳、消し…?』


ななしの知らぬ間に話は進んでいたらしく、何故かユーリの罪はお咎めなしという事になっていたようだ。ななしは安心したように小さく息をついて、胸を撫で下ろした。



『そ、そうだったんですか…、よかった』

「話はそれだけか?」

『あ、はい…。お忙しいところ、お話を聞いて下さってありがとうございました!』


ななしは満面の笑みで礼を言って頭を下げたが、シュヴァーンは一度もななしを振り返る事なくずっと窓の外を見つめていた。


『えっと、では…失礼します』


何も答えないシュヴァーンに、ここは早く出て行った方がいいのだろうと判断して、ななしは部屋を後にした。


ななしは静かに扉を閉めながら、先程から感じている違和感の原因を手繰り寄せようとしていた。エフミドの丘でユーリからシュヴァーンの名を聞いた時もそうだったが、何処かで彼と出会ったことがあるような気がするのだ。

妙な既視感のようなものを感じて、ななしはしばらくその場で首を捻っていたが、突如後ろから聞こえてきた声にそれは中断された。


「そこの君」

『は、はい!私でしょうか!?』


威厳のあるその声に、ななしは反射的に背筋を伸ばして振り返った。そこには今まで見てきたどの騎士達よりも立派な真紅の鎧を身につけた白髪の男が、こちらを見つめていた。


「そこで何をしている?」

『あ、すみません!ユーリさん達の事でお話したい事がありまして…』

「あぁ、彼等の…。ユーリ・ローウェル君なら先程解放された」

『はい、罪が帳消しになったと…シュヴァーンさんから聞きました』


すると彼は切れ目の瞳を少しだけ大きくして意外そうに言った。


「シュヴァーンから…?そうか…」

『?』

「とにかく君の仲間は皆解放された。君も戻るといい」

『はい!』


白髪の騎士はそう言ってななしの横を通り過ぎようとした。しかし、ふいに足を止めて彼女を振り返る。


「ところで…君の名前は?」

『ななし・ななしです』

「ななし…ななし君、か。覚えておこう」


固い表情だった白髪の騎士は一瞬だけ微笑み、紅いマントをなびかせながら本部の奥へと入って行った。それを黙って見送っていたななしも宿屋に戻るべく、その場を後にした。




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