不 安




「今度はカルボクラム…か」

『どうかしたんですか?』


ある日の朝―。ななしが持ってきた書類の中に騎士団長から命令書が入っていた。以前口頭で聞いていたカルボクラムの調査遠征についての詳細だ。


「来週から遠征だ。今回は少々長くなりそうだが…」


私は命令書に目を落としまま言った。すると処理済みの書類を整頓していたななしが椅子に腰掛けている私のすぐ横にやって来る。


『また、ですか…』

「………」

『シュヴァーン様?』

「今回は君も一緒だ」


遠征メンバー欄のななしの名前を睨みつける私を他所に、当の本人は嬉しそうに声を上げた。


『え…ほ、ほんとですか!やったあ!』

「…遊びに行く訳ではないんだぞ」

『わかってますよ〜!やっとシュヴァーン様のお役に立てますね!』


遠征どころか実戦すら経験した事のない彼女には、その辛さが分からないのは当たり前だ。にこにこと微笑む彼女に私は溜息をついた。


『絶対、私がお守りしますから!』

「君に守られるほど腕は鈍っていないんだがな…」

『そこは素直にありがとうって言って下さいよ!』


笑っていたかと思えば今度は眉を上げて怒るななし。そんな彼女を横目に私は今回の遠征の事を考えていた。彼女を同行させるのは反対だったが、城に残してアレクセイに接触の機会を与える事を考えると自分の傍に置いておいた方がいいのかもしれない。


「言っておくが、君が考えているほど遠征というのは甘くない。目的地に着くまではひたすら移動だ。しかも調査と言ってもただ見て回るだけではない、魔物との戦闘も必ずある」

『うー…またお小言が始まった…』

「…その大きい独り言、まだ直っていないようだな」

『え!?す、すみません…!』


聞こえていないとでも思っていたのか、ななしは慌てて頭を下げる。


「とにかく君は自分の身を守る事と任務の事だけを考えていればいい」

『で、でもシュヴァーン様を…!』

「それは自分の身を守れるようになってからにしろ」


尚も食い下がるななしに私は厳しく言った。すると彼女は言い返せずぐっと口を噤む。俯いたまま黙ってしまった彼女に少し言い過ぎたかと考えたが、私は彼女が無茶をするのではないかと気が気ではなかった。


「…出発までの間に、準備を整えておくように」

『はい…』


ななしは弱々しく返事をすると、処理済みの書類を持って部屋を出て行く。私は扉の閉まる音を聞きながら小さく息を吐いて、もう一度命令書の遠征メンバーを見る。名指して書かれているのは私とななしの名前のみ、後のメンバーはこちらで勝手に決めろという事なのだろう。


私がその紙を机に置いて椅子から立ち上がった時―。


「シュヴァーン隊長」


扉をノックする音が響き、すぐ後に抑揚のない男の声が聞こえてきた。


「どうした」

「団長閣下がお呼びです」


私が中から扉を開けると、その向こうには赤色を基調とした鎧の騎士が立っていた。アレクセイの親衛隊だ。彼はそのまま用件を伝えると、規則的な歩みでその場から立ち去って行く。

おそらく今回の遠征の事だろうと考えつつ、私は部屋を出て団長室を目指した。










団長室に行くと、彼も相変わらず大量の書類に囲まれていた。アレクセイは視線を紙に落としたまま口を開く。


「次の遠征、カルボクラムの調査という事だが―君にはもう一つ仕事をやってもらいたい」

「何でしょうか」

「君は聖核というものを知っているか?」

「アパ、ティア…」


私は聞き覚えのあるそれを頭の奥から引っ張り出した。普段私達が使用している魔導器の魔核よりも何十倍もの大きさと威力を持つ魔核があると言われている、それが聖核だ。

アレクセイは持っていた書類を投げるように机に置いて、こちらを見た。


「お伽話扱いされているが、聖核は存在する。それを…君とななし君とで探して欲しいのだよ」


私はその言葉に少しだけ目を細め、感情のない声で返した。


「…ななしは必要ありません。私だけで十分でしょう」

「そうかね?調査に魔物討伐、そして聖核探し…やるべき事は多いと思うが?」


アレクセイは試すような視線で私を見た。


「それに、彼女は随分と君に懐いているではないか。彼女も君の力になりたいと思っているんじゃないか?」


全てを見透かしたような台詞に思わず手に力が入る。先程の悲しそうなななしの顔が浮かび、それを押し込むように私は一瞬だけ目を閉じた。

そして、これ以上反論しても無駄だと考えて私は小さく頷いた。


「…了解しました」

「頼んだ」


その後背もたれに寄りかかりながら再び書類を読み始めたアレクセイに、私は話は終わったと理解して踵を返した。そのまま団長室を出てしばらく床を見つめる。

アレクセイにはああ答えたが、聖核探しは自分一人でやるつもりでいた。私はその任務をどう遂行するかを考えながら、自室へと足を向けた。




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