決 意




『シュヴァーン様、お気を付けて…』

「ああ」

『留守中の事は任せて下さいね』

「…張り切りすぎて空回りしないようにな」


朝靄に包まれるザーフィアス城の門の前で、私とななしはそんな会話を交わしていた。今日は以前から予定していたハルル周辺へと魔物討伐に向かう日だ。今回は私とルブラン小隊がそこへ向かう事になっている。


「隊長、準備が整いました!」

「わかった、では出発する」


馬の準備を終え報告に来たルブランにそう言うと、彼は小隊にも出発を伝えるべく忙しそうに立ち去って行った。そしてふとななしの顔を見れば、眉を下げてこちらをじっと見つめていた。


『シュヴァーン様、無茶だけはしないで下さいね?』

「わかっている。…そんな顔をするな」

『はい…』


私にとっては珍しくも何ともない遠出なのだが、彼女にとっては初めての事で一人になるのが不安なのか胸の前で手を組んだまま覇気のない声で答えた。そんな彼女に私は小さく息を吐いてからちらりと周囲に視線を送り、他の隊員達がルブランの方に注目しているのを確認すると、そっと彼女に近付いて優しく髪を撫でた。


「すぐに戻ってくる。君は訓練に集中していればいい」

『…分かりました』

「今度は脚立から落下しても助けてやれないぞ?」

『も、もう落ちたりしませんっ!』

「フッ…そうか。では、行ってくる」

『…はいっ、いってらっしゃい!』


最後には笑顔になった彼女に内心ほっとしつつ、私はゆっくりと彼女から手を離しルブランの元へと向かった。








「―隊長?シュヴァーン隊長…?どうされたのですか?」


すぐ横から聞こえてきた声に私はハッとして現実に引き戻される。現在は既にハルルに到着し魔物討伐の準備を進めているところなのだが、どうやら私はななしとの今朝のやり取りを思い出してぼんやりとしていたらしい。


「いや…何でもない」

「もう少しで準備の方は整います。今回は報告通り魔物の数も少ないようですので、予定通りの日数で片付くかと…」

「では準備が整い次第出発だ。街の入口で待機するよう伝えてくれ」


私は報告に訪れた騎士にそう伝え、ぐっと目を閉じて頭を切り替えると街の入口へと向かった。






そしてハルル近辺で目撃されたという魔物の群れの討伐作戦はあっさり過ぎるほど簡単に完了し、負傷者もほぼゼロに近い状態だった。


「随分と手応えがありませんでしたね…」

「確かに…、だが気を抜くのはまだ早いぞ。明日も街の近くに滞在して様子を見る」


拍子抜けしたように感想を漏らす部下に私はそう言って、ハルルに戻るよう指示を出した。すると、馬の背中に乗りながら別の隊員の一人が皆に聞こえるように話し始めた。


「そういえば…住民の一人が気になる事を言っていたな。他の街から来た商人に聞いた話らしいが、少し前に魔物の群れが北に向かって移動していたとか」

「北に…?」

「ああ、しかもその商人には目もくれず何かを目指すようにして移動していたらしい」

「だからこの辺の魔物が少なかったのか?」


そんな隊員達の会話を黙って聞いていると、すぐ後ろからルブランが声を掛けてきた。


「シュヴァーン隊長。先程報告があったのですが、どうやら団長閣下がザーフィアスに戻られているそうです」

「騎士団長が…?」

「ええ、我らと入れ違いになったようですな」


ルブランのその報告に、無意識の内に手綱を握る手に力が入る。そして浮かぶのは己の付き人であるななしの顔だった。アレクセイの意図は未だに不明なままだったが、彼女を利用しようとしているのは明白だ。もし自分の居ない間にななしに何かあったら―。

そこまで考えて私はふと冷静になる。自分は守るつもりなのか?彼女をアレクセイの魔の手から?

アレクセイの道具である私が…?


「私は…」

「隊長?」


思わず声に出してしまった言葉にルブランが首を捻る。


「…ご苦労。街に戻ったら交代でハルル周辺を見回り、残りは各自待機だと伝えてくれ」

「はっ!」


そして私はハルルに到着するまで、馬に揺られながら答えの出ない葛藤を続けていた。




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