心優しいキミに




『うん…これでヨシっと』

「ななし?何してるんです?」

『え!?な、何でもな…』

「あら、綺麗な押し花ね」

『ジュ、ジュディス!?』

「へぇー、アンタそんな趣味あったの」

『リタまで!』


女性陣専用のテントの隅でゴソゴソやっていたななしを、エステル達が取り囲んで口々にそう言った。


『べっ別にこれはそのっ///』

「照れなくてもいいじゃない。女の子らしくて素敵な趣味だわ」

「私にも是非教えてください!栞に使いたいです!」

「ななし、顔真っ赤よ」


ななしは、普段女性らしい服装や言動を恥ずかしがるような性格だった。
本人曰く「似合わない」との事らしいが、周囲からすれば勿体無い事この上ない程愛らしい少女なのだ。


『う…うるさーい!!///』

「あっ、ななし!?」


恥ずかしさが頂点に達したのか、ななしは押し花を手にテントから飛び出して行ってしまった。


「からかい過ぎたかしら…」

「アンタねぇ…」


心配そうなエステルと楽しそうに笑うジュディスに、リタは小さくため息をついて読書を再開させた。








「はぁー、さぶいぃぃ…。なんでこんな寒空の下おたくと見張りなんでしょうねぇ」

「それはコッチの台詞だ」


満点の星空の下、二人の男がパチパチと燃え上がる焚き火を挟んでいた。
一人は毛布に包まれながらガタガタと震え、もう一人は険しい顔をしながら炎を眺めている。


「ねー、もう寝ていい?」

「その毛布をコッチに渡すというなら寝てもいいが」

「凍死するわよ!」


毛布にくるまれる男―レイヴンがそう抗議すると、もう一人の男―シュヴァーンは「そのまま死ね」と言わんばかりの冷たい眼差しを送る。


その時。


「あれ?ななしちゃん」


バサっと音がしたかと思うと、女性陣のテントから顔を赤くしたななしが飛び出してきた。


「どうした?何かあったのか?」


彼女に背を向けて座っていたシュヴァーンはそちらへ振り返る。


『何でもないっ!』


何故か怒った様子の彼女に、双子は目を合わせて首を傾げた。ななしはそのまま無言で焚き火の前に腰を下ろす。

ちょうど、三人で三角形を作るような形でそれぞれが座っていた。


「ななしちゃん、寒いでしょ?おっさんと毛布でぬくぬくしない?」

『いらない』

「そ、そうですか…」

「しかしその格好じゃ風邪を引くぞ?」

『………』


シュヴァーンがそう言っても、ななしは炎を見つめたままその場を動こうとしない。
その時、レイヴンは彼女が何かを握りしめている事に気が付いた。


「それなぁに?ななしちゃん」

『!』


レイヴンの言葉に、ななしは咄嗟にそれを後ろ手に隠してしまう。


「えー、おっさんには見せられないもの?余計気になっちゃうわねぇ〜」

「おい…」


やめておけ、と言うシュヴァーンを無視してレイヴンはななしに近付く。


『な、何?』

「何隠したの?」

『別に何も隠してないっ…!』

「そんな風に言われると疑っちゃうのが人間よね〜♪」


レイヴンがひょいっとななしの後ろに回りこむと、そこには白い紙のようなものがヒラヒラと風に揺れていた。


『あっ!』


そのままレイヴンは紙を掴んで立ち上がる。その紙には乾燥した可愛らしいピンク色の花が付いていた。


「これ…押し花?」

『か、返してってば!///』

「まさかななしが作ったのか?」


シュヴァーンの意外そうな顔に、ななしの頬はますます赤くなる。


「へぇー、ななしちゃんてば可愛い趣味あるんじゃない」

『うるさい!早く返してっ!』


ななしも立ち上がって奪い返そうとするが、レイヴンはそれをヒラリと避ける。

面白がってななしをからかうレイヴンに、シュヴァーンが注意しようとしたその時。


『「「あ!」」』


突如吹いた強い夜風にレイヴンの手で揺れていた押し花が飛ばされ、そのまま吸い込まれるように焚き火の中へと消えてしまった。


『「「………」」』


もちろん、押し花は一瞬にして文字通り炭と化してしまう。


「お前がさっさと返さないからだ」

「ゴ、ゴメン!ななしちゃ…グホッ!?

『フン!』


怒ったななしはレイヴンの鳩尾に肘鉄を食らわせてそっぽを向いてしまった。


「ゴメン!!その花、おっさんがもう一回摘んでくるから許してちょーだい!?」

『………』

「ねっ!お願い!」

『………』


手を合わせて頭を下げるレイヴンを見て、ななしはムスッとしながらも口を開いた。


『十本』

「へ?」

『一人五本ずつ、十本摘んできて』

「オッケーオッケー!任せちゃってよ〜!」

「待て、何故私も行かなきゃならないんだ」

『連帯責任』


ななしの言葉にシュヴァーンはジトリとレイヴンを睨むが、仕方ないという風に息を吐いて了承した。


「で、どこで摘んできたんだ?」

「あんまり見たことない花だったわね」

『レレウィーゼ』

「……レレウィーゼって…あの断崖絶壁の!?」

『そう。この間エアルクレーネへ行ったときに摘んできたの』


途端に嫌そうな顔をするレイヴンだったが、自分から言い出したことだけに撤回するわけにもいかない。


「わかったわ。じゃあ明日、青年に言ってそこまで飛んでもらいますかね」

「やれやれ…」

『一本でも少なかったら承知しないからね!』


ななしはそう言い捨てると、まだ怒っているのかズカズカとテントへ戻って行った。




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