ガヤガヤと絶え間無く聞こえてくる人の声、喧騒。そして食欲中枢をくすぐる香り。


『(美味しそう…)』


香りの元を辿ると、それは隣のテーブルからゆらゆらと漂ってきているようだった。ななしは、失礼だと思いながらもチラチラとそこに並ぶ料理達を見つめていた。






おまたせ



ダングレストの酒場-天を射る重星の一番奥のテーブルで、ななしは慣れない雰囲気に少しばかり緊張していた。


『レイヴンさん、遅いですね…』


すぐ行くから待っててねっ!と、ウィンクをしながら走り去る彼を見送ったのは今日の昼頃。一緒に夕飯を食べようと誘われて約束した時間に酒場にやってきたのだが、当の本人はなかなか姿を見せなかった。

もうかれこれ一時間にはなるかもしれない。ななしは、空腹と周囲から送られてくる好奇の視線に耐えながら小さくため息をついた。

ガタイのいい男達が集う中、剣も持てないような少女がちょこんと座っているのは珍しい光景なのだろう。


「ねぇ、お嬢さん」

『は、はい!?』


急に声をかけられてビクンと背筋を伸ばしながら視線を上げると、そこには長身のスラリとした女性が立っていた。


『(わぁ…び、美人だ///)』

「そんなビビんないでよ、とって食べたりしないから」


ななしの反応にクツクツと笑いを漏らす女性は、首を傾げながら尋ねてきた。


「こんなむさ苦しいところで何してるんだい?もしかして注文の仕方がわからない…とか?」


ニッと笑いかけてくる彼女に、ななしは顔を赤くしながらぶんぶんと首を横に振った。


『違いますっ!あの、人を待っていて…』

「人待ち?お嬢さんみたいな子をこんなところに一人待たせるなんて、どんな馬鹿野郎なんだ?」

『(馬鹿野郎って…)えと、天を射る矢のレイヴンさんという方なんですが…』


そう言った瞬間、彼女はとんでもないものを見たような顔をする。


「はっ?レイヴン!?」

『あ、ご存知…ですよね。天を射る矢の幹部クラスだって聞きましたし…』

「レイヴン…趣味変わったな…」

『え?』


ななしは聞き返したがその女性は頭を振って何でもない、とだけ答えた。


「ったく…あのチャランポランめ…。お嬢さん、ここはドン御用達とは言えキミみたいな子が一人で居る場所じゃないよ」

『でも、ここで待っててと言われたので…』

「あー、アイツの言う事は真に受けない方がいいって。いっつも適当なこと言って色んな女と遊びまくってんだから」


確かにレイヴンはふらふらと女性のあとを追っていた気はする(というか追っていた)。
今回もそういう事なんだろうか?ななしの心に少しだけ影が落ちる。


「だからさ、早く帰りな?もし万が一レイヴンが来たらぶん殴っといてやるからさ」


そう言ってぐっと握りこぶしを作る女性は、本心からななしを心配して言ってくれているようだった。昼に見たレイヴンの笑顔がもやもやとした気持ちにかき消されて揺らいでいく。


『そう…ですね…』

「気をつけてな」


ひらひらと手を振る彼女に一礼して、重い足取りで酒場を出るななし。




酒場から宿屋へ向かう途中、酒場を出てきてしまって本当に良かったのだろうか?という考えが今更ながらぐるぐる回っていた。


『(もしかしたら何か大変な事が起こって、レイヴンさんも巻き込まれてるのかも…!)』


そう考えて、ハッと顔を上げるななし。何故、そっちに考えがいかなかったのかと己を叱咤する。


『ど、どうしよう…!とにかくユーリさん達かハリーさんを探そう…!』


ななしはそう言って、自らレイヴンを探すべくダングレストの街を駆けて行った。




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