「ななしちゃ〜ん?来てる?」


そう言いながら先程片付けが終わったばかりの部屋を覗き込むが、やはり誰もいない。


「レイヴン、ななしは居ましたか?」

「ううん、居ないみたい…。どこ行っちゃったんかねぇ?」


城の入り口で別れたユーリが、エステルを連れてやって来る。レイヴンはかぶりを振って答えた。



「城にも市民街にも居ねぇとなると…」

「あとは下町か貴族街ですね」



可能性として高いのは下町だな、というユーリの言葉を聞きながらレイヴンはふと今日整頓していた書類を思い出した。帝都の警備担当の騎士からの報告書に、例のアレクセイの一件から元々騎士団に不信感を抱いていた連中が最近騒ぎを起こしている―そんな内容が書かれていた気がする。


その瞬間レイヴンの心をざわり、と嫌な感覚が襲った。


まさか―





「シュヴァーン隊長!!」


長い廊下の向こうから壮年の騎士がガチャガチャと鎧を鳴らしながら駆けて来る。それがルブランであることを確認したレイヴンは、その必死な様子に目を細めると肩で息をする彼に歩み寄った。



「どうした?」

「はっ!そ、それが…住民からの、報告で…、一人の女性が男に連れ去られるのを、見たと…!」

「連れ去られた…?」


息を整えながら報告するルブランに、レイヴンは険しい顔をして聞き返す。後ろに居たユーリとエステルも黙ってルブランの言葉を待っていた。


「ええ…最初は、そうは思わなかったらしいのですが…やはり何か変だと思い私に報告してきたという次第でありまして…」

「その女性というのは?」

「それが特徴を聞いたところななし殿に似ているのではないかと…」

「場所は!」

「し、下町です!」


ななし、という名前にレイヴンはルブランの言葉を遮って場所を聞くと、城の出口に向かって走り出す。後ろでユーリがおっさん!と叫んでいたが、レイヴンには振り返る余裕などなかった。



「エステル、お前はここで待ってろ!」

「でも…!」


何か言いたげなエステルを置いて、ユーリも全速力でレイヴンを追う。


「おっさん!!」

「何だ!」


自分でも気付いていないのか口調がシュヴァーンのままだった。ユーリはこちらも見ずに走り続けるレイヴンの横に並ぶ。



「下町の裏通りに誰も住んでねぇ家が何軒かある。たぶんななしを攫った奴はそこだぜ」

「わかった」


レイヴンはそれだけ言うと更にスピードを上げる。目の前の坂を下ればもう下町だ。二人は下町の裏通りに入ると武器を手に息を潜めた。あれだけ全力疾走したというのにほとんど息が上がっていないレイヴンを見て、ユーリはさすが隊長首席なだけはあるな、と思わず感心する。


「この家と…その奥の家が確か空き家だ。…俺はコッチを見てくる」


ユーリはそう言って近い方の空き家を指差し、レイヴンが頷くのを確認した。レイヴンは彼の背中を見送るともう一つの空き家の扉にそっと近付いた。誰かが潜んでいれば少なからず気配がするはずだ。



「(ななしちゃん…)」


レイヴンは脳裏に少女の笑顔を思い浮かべると、家の中に意識を集中させる。

その時中から微かにカタン、という物音が聞こえた。風の音にすら流されてしまいそうな程の小さな音を聞き取ったレイヴンは、弓を接近戦用に変形させてから静かに中に忍び込んだ。

中はタンスや机がそのままにカーテン等が散乱していて、とても人が住めるような状態ではなかった。人の気配は丁度真上、二階からだ。薄暗い部屋を見渡して階段を発見すると、レイヴンは物音を立てないようにゆっくりと上がっていった。




階段を上りきったレイヴンはそっと部屋の中の様子を覗き込む。ほこりっぽい部屋には一人の男が立っているのが見えた。薄暗くてよくわからないがこちらに背を向けているらしい。


そして、その男の前には―


「(ななしちゃんっ…!!)」


壁に密着して置かれているベッドの上で、見覚えのある服装が横たわっていた。顔は見えないがななしに間違いない。今すぐ飛び出したい衝動を抑えて、レイヴンはゆっくり男の背後に近付き小刀をスラリと光らせる。





「動くな」



低い感情の無い声でそう言うと、男はビクリと背中を揺らす。レイヴンは小刀を相手の首元に当てたまま男の出方を待った。



「テメェ…騎士か…!?」


少し怯えた様子で振り返ろうとする男に更に刀身を押し当てる。



「動くな、と言ったはずだ」

「っ…!」


レイヴンは硬直した相手越しに横たわるななしを見た。いつも自分を見つめてくる大きな瞳は閉じられグッタリとしたまま動かない。ここからでは生きているのかどうかもわからなかった。もしななしが息をしていなかったら―そう考えただけで全身が冷たくなる。



「お前の目的は何だ」

「…オルトレインだよ…」

「何…?」



そこでもう一人の自分の名が出てきたことに、眉を顰めるレイヴン。



「あの野郎をぶちのめしてぇんだよ!!シュヴァーン・オルトレイン…あいつが俺の人生をむちゃくちゃにしやがったんだ!!」



そう叫びながら男は突然斧を振りかざしながら振り向いた。レイヴンは咄嗟にそれを避けて後ろへ下がる。




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