もう、どうでもいい気がする 姫神 | ナノ








こいつは俺のことを金づるとしてしか見ていないようであった。
口を開けば金であったり物であったりと、これまでに多種多様な我が儘を聞いてきた。あまりにも無理な申し出にこちらが断れば、別れると脅しをかけてくる。脅しを受けてこれ程に恐ろしいと思ったことはない。かといってその贅を尽くす限りの我が儘を大人しく聞き入れても、代わりに何か見返りがくるわけでもないのだ。こいつは俺が言う事を聞くのが当たり前であると言わんばかりの態度である。いや事実そう思っているのだろう。会えば何かをねだられ、それを買い与える。いくら金があると言っても所詮高校生なのでそれなりに限度がある。しかしこいつは、神崎は値段など端から無いかのように多額の品を要求してくる。それを無理だと断れば、勿論脅されるのだ。正直言うと、カードがいくらあっても足りないような状況だ。
そんな浪費癖のある奴とはすぐさまにでも別れればいいのだが、生憎俺は神崎を好いている。
どうしようもないことである。









さて、神崎と付き合いだしたのは丁度今から半年前だ。
告白したのは俺からで、神崎は割りと難無く受け入れてくれた。男が男に告白をするなんて受け入れてくれるのは確実に無理であると思っていただけに、いい返事を貰った時にはまさしく天にも昇る勢いだった。そして神崎の浪費が始まったのは三ヶ月程前からである。突然メールが来たのだ。神崎からメールが、というか連絡が来たことが一度も無かったのでそれはもう盛大に喜んだのだが、その内容は何とも味気無いものであった。金は幾ら持っている。とのことだった。神崎は今まで驚く程金に一切興味を示さなかった。俺が金をひけらかすのを毛嫌いしていた程だった。急な問い掛けに戸惑いつつもとりあえず、カードを幾らかと返信すると、神崎はそれから返事を寄越さなかった。数日して神崎と共に学校から帰っていると、神崎がふと立ち止まり言ったのだ。鞄が欲しい。神崎はそう言った。
これが最初の我が儘である。









男としては付き合っている奴の我が儘は全て聞いてやりたいというもので、俺はその我が儘を快く聞き入れた。
神崎が向かった先は有名ブランド店で、おおよそ神崎が持たないであろう物ばかりを売っている所であった。ずかずかとその店に入ると、迷い無く新作の一つを手に取り俺に放り投げた。金額にしてそこそこ値の張る物で、神崎もこういう物に興味があったのかと驚いた。神崎が渡してきた物は、どこからどう見ても女物の鞄であった。買い与えると神崎は礼は疎か、こちらを見ようともせず鞄が入った袋をひったくて一人帰って行った。今思えばこの時点で怒ればよかったのだが、恋は盲目とはこのことで、俺は自分の財布の心配や神崎の態度に対する怒りはほったらかしで、神崎の心配をしていた。仮にも付き合っている相手にあんな態度をとるなんて、何かあったのだろうか、他にも何か欲しかったのだろうか。
阿呆の極みである。









それからというもの、神崎は事あるごとに多大なる額の品を要求してきた。
鞄から始まり靴、服、香水、アクセサリー。しかもどれもが殆ど女物で、神崎にこういった趣味があるとは思っていなかった。
買う物は的確で、無駄な時間を割かない。買い終えれば商品を持って素早く俺の元から去っていく。これは一体どういうことか。日増しに買う物は増えていき、今やカードが追い付かない。いくら金持ちであると言っても、まず第一に高校生であるということを念頭に入れておいてほしいのだが、神崎はお構いなしである。終いには物ではなく金を要求するようになってきた。さすがにそれだけはねだられても渡すまいと思っていたのだが、神崎の別れるという脅しにそんな決意は脆くも崩れ去った。おろした金の束を封筒に入れて渡せば、神崎は礼も告げずに消える。神崎は俺のことを一体何だと思っているのか。勿論、金づるであろう。
それでも俺は神崎を好いているのだから、本当、世も末とはこのことである。









浪費癖が酷くなってきのが三ヶ月前で、丁度その頃から神崎はよく携帯を弄るようになった。
どちらかといえば携帯はあっても無くても一緒というような考えを持った神崎にしてはとても珍しいことで、会ってもずっと弄っているということが多い。付き合いも以前以上に悪くなり、約束をすっぽかされることも度々増えてきた。要求される物も数が多くなってきて、こう毎日であると俺の財布は破綻寸前である。総額幾ら払ったのか検討もつかないし、考えたくもない。鞄など、女物が好きなのかと一度聞いたことがある。神崎は少し考える素振りを見せ、まるで他人事のようにそういうのが好きらしいと言った。謎は深まるばかりだ。

神崎は今日もまた大きな我が儘を引っ提げて俺の元にやって来た。



「指輪。ハートで、ダイヤがついたやつ」



そう言うので行き着けとなったジュエリーショップへ足を運んだ。神崎はショーケースに並んだ眩い品々の中の一つを指差し、これと言うととっとと外へと出て行った。
こちらもとっとと買って神崎の元に行くと、神崎はいつも通り袋を引ったくって一人帰ろうとした。
俺は聞いた。



「そんなにいっぱい女物買って、どうすんだ」



神崎は振り返ってこちらを少し見た後、無表情にこう言ってのけた。




「彼女が欲しいっつうから、やるんだよ」






俺達、付き合ってるんじゃなかったっけか。



成る程、こいつも馬鹿らしい。
こいつも俺と同じで貢がされているだけであるようだった。
そう思うと、何もかもがどうでもいいように思えてきた。
馬鹿である。