懐かしむ べる神 | ナノ



















秋の夜長のことである。
庭先で月を眺めていた。昼頃から天気は快晴で、きっと今夜は綺麗な月が見えるだろうと、夕暮れ時からそこでいた。
縁側に腰をかけ、中庭の池に浮かぶ満月を肴に眺めながら酒をあおった。
雲は一切無く、真っ黒な画用紙に明るい色で丸を描いたように見えた。
しかし月が見える割に、星は全く見えなかった。
月だけが大きく、丸く輝き、暗闇を明るく照らしていた。














こうして一人月を見ていると、なぜか昔を思い出す。
特に高校時代が色濃く浮かぶ。
随分と理不尽なことをしていた気がする。若気の至りで済まされるかどうかも危ういようなことも平気でしていた。
喧嘩を売られれば買い、売られずとも自ずから吹っ掛けにいっていた。
若さとは凄いものだ。三十を過ぎて四年経つが、そんな無謀限りない気力は既に消え失せた。
良く言えば大人になった、悪く言えばそれだけ年老いたということか。
耳に開けたピアスの穴も塞がり、顔の飾り気は無くなり確かに十代の頃よりも老けて見えるだろう。
特にそれを気にすることもないし、言わばまだ三十だ。それ程老けたと自身では思っていないのだが、以前の同級生に会うと、ああやはり若くはないんだなと再度思わされる。
未だ遊びほおけている者もいるが、三十を越えているのだからそれなりに家庭を持っている者もいて、久々に会ってみれば両手に子供を抱え、すっかり父親に染まっていたりすることも少なくない。
そんな中お前は結婚しないのかとよく聞かれるが、する気は更々なかった。
縁談は今までに幾つかあったが全て丁重に断った。そもそも女性というもの自体にどこか苦手意識があった。
結婚し幸せそうに家庭の話をする者を見ていれば、そうか結婚もいいのかと考えるが、反対にとても疲れたような顔をしている者を見ると気が削げる。
という様々な理由を付けては結婚を遠ざけていた。
要は面倒なのだ。



城山は未だに頻繁と家に出向いてくるが、時たまに子供を連れてやってくることがある。
城山と話をしている間、家の者がその子供の相手をしてやるのだが、襖越しに時折聞こえてくる子供特有の楽しげな声が城山の顔を緩ませる。
子供は苦手な筈なのだが、俺も何故かその声は気に障らなかった。
まだ年端もいかないその幼子を見ていると、何故か昔男鹿が連れていた赤ん坊を思い出した。

理由は分からない。






















一度だけ、相手をしてやったことがある。

場所は確か学校の中庭だった。確か赤ん坊の横には爆睡する男鹿がいた。
芝生の上で眠りこける男鹿の横で、赤ん坊は空を舞う蜂、いや蝶だったか、そこらへんはあやふやだが、何か飛ぶ物を眺めてしきりに手を伸ばしていた。
たまたまその様子を発見してしまったのだ。
普段なら気にもならないその様子をぼんやりと眺めていたのだが、何故かふらりと側に寄って行ってしまった。
すると赤ん坊は首を上げ、大きな輝く瞳でこちらを見つめた。
その瞳に吸い込まれるようにしゃがみ込み、赤ん坊の目の前でさして面白くもない手遊びをしてみせた。
理由は分からなかった。



「だあ」



ただ、何となくの思いつきだった。

男鹿が身じろぎ始めたので、最後に赤ん坊の髪を指で梳き、立ち上がりそのままその場から立ち去った。



赤ん坊の、日光を受けて輝く芝生よりも少し濃い緑の髪が、未だに色鮮やかに頭に残っていた。



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