そうね、無様ね 夏神 | ナノ







めちゃくちゃ長いです。
姫神前提夏→神





今まで特に女性に不自由したことはなかった。
しかし清く正しいお付き合いというやつはしたことがない。
つまり、これまでにこれと言って特定の大切な女性がいたわけではないのだ。
確かに女性は好きだし、好みの人を見付けるとそういった仲になりたいと思うことは多々ある。しかし本気で愛せる人というのは今までに一度も出会ったことがない。
別段それを気にすることはなく、特定の人物を無理に作るよりも広く浅く色々な女性と関係をもった方が面倒もなく、且つ楽しく付き合いがすすむというのが持論であった。
だらし無いと言われればそれまでだが、この人、と決めて付き合っていきそのうち他の女性と浮気をするよりも幾分ましだと思う。
というのもあって、敢えて自ら特定の女性を作らなかったのも、今まで清く正しいお付き合いをしたことがなかった理由の一つでもあった。


しかしその持論はたった一ヶ月足らずで覆された。なんと揺らぎやすい持論であろうか。










女遊びと言えば聞こえは悪いが、そんな風に不特定多数の女性と付き合いを始めて間もない頃、本当に好きだと思える人物が中々出来ないことに、俺は愛するという感情が欠如しているのではないだろうかと阿呆のように悩んだことがあった。
そんな悩みも、まあしょうがないかの一言で瞬時に終わらせたが、どうやらその阿呆丸出しの悩みを素早く切り止めたのは正解だったらしい。
なぜなら、今俺には本当に好きだと心の奥底から言えるような人物が出来たからだ。
その人物は大層無愛想で、いつ見ても不機嫌そうな顔で、おおよそ普通の人間が見れば近づきたくない風体をしている。
しかも胸にふくよかな胸がついているわけでもなければ、長く柔らかな髪があるわけでもない。
あるのは平らな胸と染めて痛んだ短い髪。
そう、男なのだ。


男なんて関係ないと思える程、彼に恋い焦がれた。
いや、男が男に恋い焦がれるだなんて気色悪いだけなのだが、事実なのだから仕方ない。
彼の一挙一動に胸が満たされ、心の奥から彼を愛しいと思える。
よく色々な所で好きと愛してるの違いは何かと問われるが、今なら分かる。
説明しろと言われれば、うまく言い表すことが出来ないが、好きとは決定的に違う。
俺は彼を愛している。神崎一という一人の無愛想な男を愛している。
これだけは説明出来ずとも胸を張って言えることである。

しかし神様という奴は根性が捻くれ曲がっているらしい。
俺はこんなにも神崎君を愛してやまないのに、神崎君は俺なんて眼中にないのだ。



「また姫ちゃん見てる」



彼の瞳の中にあるのは俺ではなくて、いつも姫川なのだ。
神崎君は見てねえよとつっけんどんに言ってみせたが、耳まで真っ赤だった。
心底、姫川を殺してやりたいと思った。







彼を愛せるだけで、それだけで十分だと自分に言い聞かせていたが、本当の所そんなのは綺麗事である。
いや、姫川という大層邪魔な存在を知るまではそれで十分だと本気で思っていた。
勿論、神崎君と想いが通じ合って愛し合えたらいいのにというささやかな願望はあったがそれでも、愛というやつは偉大で、自己の私利私欲よりも相手の迷惑を考え、想いは告げずにいた。
ところがどうだ。
姫川という男は、相手の迷惑を顧みず、自分の付き合いたいという私利私欲のために神崎君に直球で自分の想いを告げたのだ。
それでフラれてしまえばいいものを、なんと神崎君はその想いを受け止めたのだ。

なんという無様であろうか。
想いを率直に伝えられた姫川に殺意が沸いた。
ただの八つ当たりと言われればそれまでだが、本気で人を殺してやりたいと思った。
だって、神崎君を一番最初に、しかもこんなに深くまで愛したのは俺だ。
世界中どこを探しても俺の神崎君に対する愛に敵う者はいない。姫川なんて、そんなぽっと出の奴なんかよりも遥かに愛している。
神崎君を一番よく分かっている。愛している。




愛せるだけでいいなんてそんな考えは濁流とともに流れていった。
姫川という存在を知って、今までは抑えていた神崎君の愛が欲しいと思う想いが強くなった。決壊ぎりぎりだ。
そして決壊した。大洪水だ。

昨日、誰もいなくなった学校の教室で、姫川と神崎君がそっとキスをしているのを見つけてしまった。
神崎君は恥ずかしそうだったが、嫌がる素振りを見せなかった。
べたな少女漫画のような展開を笑い飛ばしてやりたかった。
しかし俺は、想いが報われなかった少女漫画の主人公が辿るような泣き寝入りの結末は描かない。
決壊したのだ。その一件で。
俺だって神崎君からの愛が欲しい。


ぽっと出の姫川が神崎君からの愛を貰えるんだから、これだけ長い間想いつづけてきた俺が貰えないわけがない。だってそうじゃないと理不尽だ。
神崎君からの愛が、俺だけに向けばいい。二人で愛し合いたい。神崎君か欲しい。

そのためには本気で姫川が邪魔だった。
殺せば姫川はいなくなるから、もしかしたら神崎君は俺の想いに気が付いて俺を愛してくれるかも。これだけ長い間俺を想っててくれたのかと感激して。
そして姫川は土の中で悔しがればいい。
俺が神崎君を世界で一番愛しているのだ。
俺が神崎君からの愛を貰うのが必然だ。







だから、放課後に教室で呑気に眠りこけてる姫川の首筋にナイフを立てた。
神崎君の帰りを待っているのだろう。手に持った携帯の画面には神崎君宛てにまだかというメールを打ちかけていたようだった。
人間とは面白いものだ。
どれほど強い人物であっても、こうして首筋を取られればいとも容易く死んでしまうのだ。
俺の一突きで姫川は死んでしまう。俺の意思に姫川の生死はかかっているのだ。



「悪いのは姫ちゃんだよね。俺は何も悪くないよね。だって俺は君より神崎君を愛してるし」



そう。
たった一突きで。たった一突きで姫川は死ぬのだ。そして俺は神崎君からの愛を一心に貰える。愛し合える。



「姫ちゃん」



しかしその一突きが出来なかった。
振りかぶったナイフを姫川の首筋ではなく眠っている机に突き刺した。
本当ならば今頃は血の海になるはずだった。姫川が痛さに身悶えるはずだった。
出来なかった。




「…姫ちゃん。君が死ぬと俺は嬉しいけど、神崎君は泣いちゃうのかな」




俺が喜ばしいことは、神崎君にとっては悲しいことになるのかな。

出来なかった。
俺はただ、神崎君の愛が、神崎君が欲しいだけで、神崎君を悲しませたいわけではない。神崎君の無愛想だが愛しい顔が曇るなら、俺はそれを晴らすためにいたいのだ。決して曇らせたいわけではない。しかし俺が望むことは神崎君の顔を曇らせることになる。
俺はどこまで、無様なんだろう。
ただ愛されたいだけなのに、全てが裏目にでる。
愛しているのに。




涙が出かけたが、泣くのも何だか癪なので未だ気持ち良さそうに眠る姫川の頭を鞄でぶん殴った。
死ねばいいのに。




それでも殺せない俺は、やはり神崎君を愛してるんだ。
そう思う他ない。





後書き