僕に気付いて ヒル十 | ナノ











日が傾き、青かった空が橙色に変わった頃、今日も今日とてハードな練習を終えたアメフト部員達は、マネージャーである十文字とキャプテンのヒル魔を除いて皆各自に帰宅して行った。
あまり広いとは言えない部室に、今はヒル魔と十文字の二人きりだった。いつもならもう一人のマネージャーであるまもりも居るのだが、今日は委員会の仕事で不在だった。十文字が散らかった部室内を片付け、ヒル魔が選手達の各個人のデータをパソコンで打ち込んでいく。部室内は物音だけで、二人の間には会話は無かった。しかしヒル魔はその明晰な頭脳を駆使して、どうにか十文字と話せないものかと思案していた。まもり相手だと特に何も思わずとも会話、もとい文句の言い合いが出来るのだが、十文字相手だとそう上手くはいかなかった。何故か。簡単なことである。ヒル魔は十文字を好いていた。ポーカーフェイスを保ったまま、何食わぬ顔でパソコンを弄っている癖して、内心十文字とこうして居ることが嬉しいのだから、悪魔と言えど所詮高校生なのだ。
ヒル魔は静かにパソコンを閉じて、漸く思い付いた話の種を十文字にふった。

「おい、お前今日三年の奴に告白されてたな」

唐突に声をかけられ、十文字はほうきを持っていた手を止めて目を丸くしながらヒル魔を見つめた。

「見てたのか…」

十文字は少し困った様に眉を寄せた。
今日の部活前、十文字は三年生の男子生徒に告白を受けていた。見た感じでは丁重にお断りしていたようだが、丁度いい機会だ。これを用いて他のことも聞いてみるかとヒル魔はほくそ笑んだ。

「断ってたな」
「だってあれ、ドッキリか罰ゲームみたいな感じだろ」

そう言って苦い顔をしてみせる十文字に、ヒル魔は少し苦笑した。
染めたであろう金髪の髪は短く切られていて、ふわふわしている。些か目付きの悪い大きな瞳は強い眼差しを持っていて、笑うと目が細くなって表情が柔らかくなる。外見だけをもってしても割とポイントは高いと思うのだが、あまり告白などといった類の物を受けないのは、やはり口の悪さと気の強さが男子には良く思われないからであろう。

「俺は好きだけどな」

外見だけで見たわけじゃない。こいつの気の強さ、何物にも折れない強い決意や忍耐力、そして何事に対しても真剣で真っ直ぐな思いに、いつしか惹かれるようになっていた。
ヒル魔はいつもの調子でそっと呟いた。これで十文字が何かしらの反応を見せてくれれば事は思い通り進んでくれるのだが、そうはいかなかった。

「そうだよな、あんた罰ゲームの類好きだもんな」

でもやっていい罰ゲームとやっちゃ駄目な罰ゲームがあるだろ。
十文字は随分と的外れな答えを寄越した。ヒル魔は思わず少しばかりうなだれてしまった。少し眉を寄せながら、十文字は掃除用具入れにほうきをしまった。そして、他に何かすることはないのかとヒル魔に尋ねた。ヒル魔は息をつきながら、取り敢えず向かいの席に座らせた。

「いや…、お前はそういう奴いねえのか?」

気を取り直して尋ねると、十文字は少し面食らったような表情を見せてから、何とも言えない顔をしてみせた。

「好きな人?いない。けど、いつかできたらなって思ってる」

そして恥ずかしそうに薄く笑ってみせる。
その笑顔が綺麗だと。少し見とれてしまった。ヒル魔は慌てて小さく首を振った。

「あんたは?いないの?その、好きな人」

頬をほんのりと赤くした十文字が、取り繕うようにそう尋ねると、ヒル魔は手元にあったコーヒーカップの縁を親指でなぞった。一度目線を下げて、指で机をこつこつと叩いた。

「いる」
「へえ、意外。どんな人?」

十文字は興味津々といった体で少し身を乗り出した。やはりこういう所は女子高生といった所か。苦笑しそうになるのを堪えて、ヒル魔は答えた。

「すげえ気強くてしたたかだ。でも笑うと綺麗だな」

一番好きな十文字の笑顔を思い出しながら、ヒル魔はそう言った。
本当に、この女は綺麗だと思う。外見が云々ではなく、中身が、全てが凛としていて綺麗だ。十文字のおかげで、自分は大切な感情を知ることが出来た。

「すごい好きなんだな」
「ああ、好きだ」

目線を上げて、ヒル魔はとても真摯な顔で確と十文字を見つめた。これで気付いてほしい、これで十文字が自分の気持ちに気付いてくれれば、そう、事はうまくいくのだ。次こそは、次こそはうまく気付いてくれとヒル魔は密かに懇願したが、十文字はこう返した。

「あんたにそんなに想われて、すごい幸せだな。姉崎さん」

柔らかく笑うのだ、こいつは。とても柔らかく、最高の笑顔を以ってしてこんな素っ頓狂なことを言うのだ。何故そこで姉崎が出て来る。もう泣きたい。
ヒル魔は大きく落胆した。







―――――――――
茜様からリクエストいただいた「十文字女体化で一生懸命アプローチするヒル魔と鈍い十文字」です。
大変長らくお待たせして本当に申し訳ございませんでした…。
十文字の女体化は初めての挑戦だったので、精一杯頑張らせていただきました!多分十文字ちゃんは凛としていて気の強い女の子なんじゃないかなと思いながら書きました。ヒル魔さんが思いの外へたれっぽくなってしまいました…すみません。
こんなのいらんわ!と思われましたらどうぞお気軽にご返品ください。
リクエストありがとうございました!