人形王子 姫神 | ナノ











学校帰りに兄貴のマンションに寄った。時たまこうして寄ることがあるのだが、大抵兄貴は仕事で居ない。しかし今日は違った。まだ夕方過ぎだと言うのに兄貴は帰宅していた。何やら昨日会社に泊まって仕事をしたらしく、その代わりとして今日は早くに上がらせてもらったらしい。ある物を渡されて。
食卓に少し大きめのノートのような物が無造作に置かれていた。ああこれは、お見合い写真というやつかと納得して頷きながら、ダイニングの向かいのキッチンに居る兄貴に声をかけた。

「何、兄貴結婚すんのかよ」

カウンター越しにこちらに麦茶を手渡しながら、兄貴は首を左右に振ってみせた。

「いや、会社の上司が渡してきただけだ」
「あーそう」

事あるごとにこうして渡してくるから困るんだとぼやきながら兄貴は食卓に腰をかけた。
そういえば兄貴とは大分年が離れているし、いつ結婚してもおかしくない年なのかと改めて認識した。言葉を聞くと、これまでにも何度かこういったことがあったのだろう。仕事を生き甲斐とするようなこの男にはきっとそんなものは邪魔以外の何物でもないんだろうなと、見知らぬ会社の上司と縁談相手に同情した。まあもし仮に兄貴が結婚するとなると、親父なんかは結婚式に出るのだろうか。ふとそんなことを考えながら、何とは無しにそのお見合い写真の表紙を開いた。そして後悔した。自分の顔がどんどん引き攣っていくのが分かる。心なしか冷や汗も出てきた。
写真に写った女性は、とても綺麗な、些か整い過ぎた顔をした美女だった。

「どうした?」

顔色悪いぞ。
兄貴は怪訝な顔つきでこちらを覗き込んできた。勢いよく表紙を閉じて兄貴の手元に返す。

「俺、兄貴の結婚式出ねえから」
「は!?」





「へー、そんなことがあったんだ」

翌日少しげっそりした顔で、夏目や城山と学校へ向かった。あの後、何度振り払おうとあの整い過ぎた顔をした美女の写真が頭から離れず、気分が悪かった。会って開口一番に顔色悪いねと夏目に言われたので、昨日の出来事を話した。

「すげえ美人だったな、相手」

顔を歪めて答えると、夏目はその美人に会ってみたいよとおどけてみせた。人の気持ちも知らないで全くこいつは。そんな夏目の隣で、城山が不思議そうな顔をして尋ねてきた。

「でも神崎さん、夏目は平気なんですね。案外イケメンだと思いますけど」
「だよねー」
「肯定すんのかよ」

へらへらと笑う夏目の顔を再度見つめる。いやこれは美形とは違うのだ、何というか。

「ああ、最近の若い奴の顔だろ。美形ってよりイケメンって部類の」
「いや神崎君いくつよ」

そうだ。夏目は確かに整った顔立ちではあるが、違うのだ。今で言うイケメンという部類なのだろう。俺は整い過ぎたという程の、正統派の美形が苦手なのだ。それこそ、そうだ、まるで人形のような美しさを持った人間だ。
事の発端は幼い頃にある。子供の頃、あの年の離れた兄貴に、青いドレスを着た綺麗な顔立ちの可愛らしいフランス人形と、綺麗な赤い着物を着たほっそりとしたこれまた美しい顔の日本人形を持って追いかけ回された経験がある。泣き喚いて怖い怖いと叫ぶ俺を尻目に兄貴はげらげらと笑いながら追い掛けて来たのを今でも鮮明に覚えている。今思えばこれが俺の美形嫌いの原因なのだ。最悪だ。
昔の思い出に顔をしかめていると、夏目があっと声を上げて唐突に前方を指差した。

「姫ちゃんだ」

確かに前方に姫川が居る。丁度学校の校門をくぐろうとしている所だった。夏目の声に気が付いて、こちらに顔を向けている。しかしいつもと様子が違うかった。髪を、あのフランスパンをおろしているのだ。ぞっとした。姫川は少し不機嫌そうで、長い髪をがしがしとかいていた。姫川の周囲が、まるで光り輝いているようにきらきらして見える。眩しい。思わずうわ、と呟いた。そうこうしている内に姫川の側まで歩いて来てしまっていて、再びうわ、と呟いた。夏目はそんな俺に構うことなく明るく挨拶なんてしていた。

「おはよー、どしたの姫ちゃん。リーゼントは?」
「あー、ワックス切らしたんだよ」

夏目が何やら話をしている間、姫川の顔を見ないようにずっと下を向いていた。見れるわけがない。恐ろし過ぎる。しかし、こっちを見るなよ見るんじゃねえぞという願いも虚しく、姫川は鬱陶しくも俺に声をかけてきた。

「おい、お前何でこっち見ねえんだよ」

思わず肩が揺れた。汗が大量に、滝のようにだらだらと流れる。大丈夫だ、大丈夫。目の前に居るのは美形は美形でも性格は下衆にも程があるようなくそ野郎だ。気にすることはない。なんてことないのだ。覚悟を決めて顔を上げようとした時、姫川が顔を覗き込んで来た。

「おい、かんざ、」
「あああああああ!」

くそ野郎でも美形は美形じゃねえか!
怖い、人形がしゃべってる、怖い。唐突などアップのその綺麗な顔に、咄嗟に思わず拳を突き出して、ぶっ飛ばしてしまった。





「お前…、殴ることねえだろ」

あれから夏目に姫ちゃん保健室に持って行って上げなさいと説教され、渋々姫川を保健室に連れて来た。その綺麗な顔の頬に大きくガーゼをあてて、姫川は不満げにこちらを睨み見てきた。姫川の周りにきらきらと光る何かが見える。あまりに眩しくて目を細めた。あと吐き気がした。

「ぅおえ…、」
「お前な」

パイプ椅子から立ち上がって、姫川がこちらに歩み寄って来ようとしている。冗談じゃない。

「近寄んじゃねえ!」

肩で息をしつつ手を前に出して叫びながら後ずさると、姫川は更にむっと顔をしかめてぴたりと動きを止めた。怒った顔も綺麗ってもうほんと何なんだ。いじめなのかと尋ねたい。あともう泣きたい。

「…何でそんな怖がるんだよ」

何でだと。こいつ分かっていないのか。

「ててててて、てめえの顔が整い過ぎてて人形みてえに見えんだよ!美形が本気で無理なんだよ!特にてめえみたいな王子様みたいなのは!だからこっちに顔向けるな!」

一息に告げて、ぜえぜえと息を整えた。こんな風に情けない所を見せてしまうのはとても悔しいが、これはしょうがないとしよう。死活問題なのである。これで分かったかと再度姫川を見遣ると、姫川は呆然とこちらを見ていた。

「…何だ、俺お前の王子様なのか」

姫川が至って真面目な顔をしてそう言うので、否定することも忘れて、今度は俺が呆然とする番とだった。姫川がそんなことを言うなんて思いもよらなかったし、いやそんなことより王子様って。
姫川のきらきらが一層増した気がした。







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成雪様からリクエストいただいた「美形恐怖症な神崎君」です。
大変長らくお待たせして本当に申し訳ございませんでした。
以前書いていた美形恐怖症の神崎君は実はちょっとお気に入りだったので、すらすらと書くことが出来ました!何かちょっとギャグ風味になってしまいましたが、よ、よろしかったでしょうか…?
こんなのいらんわ!と思われましたらどうぞお気軽にご返品ください^^
リクエストありがとうございました!