こんなさみしい気持ちになるために生まれてきたんじゃないやい 姫神 | ナノ













「うぜえんだよ、出てけ!」

何がそんなに気に食わないのか分からない。
大層腹を立てているらしいが、こちらは一切関係ないのだ。八つ当たりはごめんだ。負けじと怒鳴り返したが頬を殴られた。もうやってられない。




どうしようもないのだ。この男は。
世の中に対して、不満しかない。全てが嫌で嫌でしょうがない。嫌いなのだ。他人がすることでも自分がすることでも全てに嫌悪し、行き場のない怒りを溜めている。こちらの言うこと全てに歯を向き、自分がすること一つ一つに酷く苛立ち、何もないのに怒りを充満させ、人に手を出す。最低なんだと思う。
数日前も、散々こちらに罵声を浴びせて部屋を飛び出した挙げ句、女の所に向かったようだった。部屋に女を呼び出したこともあったか、ことが終わるまで外で待たされたこともある。どうしようもない。

「何がそんなに気に食わねえんだよ!」

口端から滴る血液を舐めとりながら、聞いたことがある。頬を一度殴られ、鳩尾も殴らた後だったと思う。
姫川は眉を寄せて、あァと酷く不機嫌そうな顔で倒れたこちらを睨み見た。その顔も、もう見飽きた所だった。また殴られるのかとこちらも拳を構えたが、何も飛んで来なかった。ただ姫川は少し笑いながら煙草に火をつけて、こう答えた。

「全てだよ、もう」

言ってる本人が、妙に納得出来ていない顔だった。





俺は。
特に世の中を嫌いだと思ったことはなかった。確かに親や周囲に多少なりとも不満はあるが、だからといってあれ程酷く嫌悪する意味は分からない。自分を嫌いだと思ったこともなければ、他人がすること全てに苛立つこともない。その苛立ちを抑える為に女と寝たこともない。まずそんな風に女を扱ったことがない。
姫川は女を抱くことでしか苛立ちを抑える方法を知らない。心底阿呆なんだと思う。女を抱いた後の姫川はいつも心情的にとても疲れていて、何とも言えない顔をしている。

「…女抱けよ」

ベッドの縁に腰を下ろし、こちらに背を向け煙草を吸う姫川の背中を見ながら問うた。
部屋に呼ばれたかと思うといきなり殴られ、乱暴に抱かれた。俺を抱いている間の姫川の顔は何とも言えず、苦しそうにも見えたし切なそうにも見えた。どちらにせよあまりいい顔ではなかった。いつも女を抱くのに、何で俺なんだ。姫川は静かに煙を吐き出すだけで、何も答えなかった。
風呂に入ろうとベッドから抜け出すと、姫川はぽつりと呟いた。

「疲れた」

扉にかけた手をとめて、振り返ると姫川はうなだれていた。黙って先を促すと、姫川は淡々と、しかし力のない声で続けた。世の中に疲れた、人に疲れた、何よりこの全てに苛立つ自分に疲れた。俺は何故、何にこんなに苛ついて腹を立てているのか。
もう、疲れた。





姫川を連れて、とある場所に来た。
小さな頃、親に怒られると決まって訪れた場所だった。時刻は真夜中もいい所だったが、これくらい暗い方が好都合だった。腕を引っ張られる姫川は終始無言で、眉を寄せていた。何も言わないのをいいことに、どんどん先へと進んだ。

姫川と付き合い出したのは一年前だ。どこが好きで付き合うことにしたんだと聞かれればうまく答えられないが、こいつと一緒になるのが当たり前なんだろうなと、妙に納得していたのを覚えている。今でもそうだ。半年程、小さな喧嘩は多々あれどさほど何か大きなことというのはなかった。半年経ってからだ。姫川が苛立ち始めたのは。徐々に徐々に、その苛立ちは大きくなり、こうなった。その苛立ちや焦りや怒りの出所はよく分からないが、電話で誰かと話した後は必ずそれらが酷くなる。誰と話してるんだと聞いたことはないが、きっと親だろう。俺は、殴られれば殴り返したが、姫川が女を抱いても何も言わなかった。それで姫川の虚しい感情が抑えられるなら、他に言うことはなかった。なかったのだ。


辺り一面、真っ暗。それもそうだ、山の中なのだから。それ程大きな山ではないが、山頂に立つと町が見渡せて、小さな頃は好きだった。怒られる度に泣いてここに来ていたが、今日訪れたのは約六年ぶりだった。頂上まで無言で進んで、考えた。姫川を連れてきて、どうかなるわけでない。こいつの感情が無くなるわけでもないだろう。
ただ少し、言いたいことがあった。

「おい、なんだここ…」

頂上に着き、手を離すと姫川は訝しげにこちらを見てきた。無言で一瞥して、空を仰いだ。姫川も眉間に皺を寄せつつ、同じように空を見遣った。星だ。

「…、」
「おー、よく見える」

下では星なんて、町の人工的な明かりでほとんど見えないが、この山の中では本当に同じ場所かと疑いたくなるほど、空一面に散らばっている。今日は格段よく見えた。姫川はぼんやりと口を開けて、少し驚いたように星を見つめていた。凄く綺麗だろうと声をかけると、姫川はこちらに向き直った。

「世の中捨てたもんじゃねえだろ」

だから、お前。生きろよ。今。

姫川はじっと俺を見た。
久しぶりに、姫川の素顔を見れた。もう、それでいい。






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