ひよこ味2 ヒル十 | ナノ












快晴だった。
雲一つ無いとはこのことで、見上げた先に広がるのは清々しい程真っ青な空だった。
メモを頼りに先を急いだが、もうそれも必要が無くなった。この銃声は絶対にあの人だ。





歓声と、時折聞こえてくる日本国にあるまじき銃声を頼りに、今日ヒル魔がアメフトの試合をしているという試合会場に着いた。
予想以上の人の多さに驚いたがそれよりも、会場を包み込む異様なまでの熱気に気圧されした。
選手もさることながら、観客も皆熱気に溢れていた。
混雑する観客席の間をぬって、空席を探す。もう試合も始まっていることから、席を探すのは中々に困難なものだった。
こんなことならもう少し早めに家を出ればよかったと後悔したが、後の祭とはこのことである。
やっとの事で見付けた席に座って、ここで漸くはっきりと前方を見渡した。


「…」


凄い。
その一言に尽きた。
練習風景は幾度と無く見てきたが、しっかりと試合を見たのは今日が初めてだった。
会場の空気が一つになり、皆が目の前で繰り広げられる白熱した試合に釘付けになる。
練習の比でない程激しくぶつかり合たり、凄い勢いで走ったり。
圧巻だった。言葉で表せない何か不思議な、心を燻るようなものが胸の底から沸き上がってきた。今までに感じたこともない感情に、掌にじんわりと汗が滲んで心臓の心拍数が一気に上がった。
どっどっと早鐘を打つ心臓を掴むように、服の胸元を握りしめた。

何よりもあれが、ヒル魔が見たこともない程輝いて見えた。
接戦の試合にも関わらず、ヒル魔の目は生き生きとして、光を失わない。
声を張り上げて素早く仲間に指示を出すその口元には笑みさえ見て取れた。
彼はアメフトをすると、まさに水を得た魚のようだった。


「……」


全てが初めての光景だった。












辺りが淡い橙色に包まれた。
つい先程までは溢れんばかりの人で一杯だったのに、試合が終わった今、会場内は静まり返っていた。
人で埋まりきっていた観客席も今では全て座席が見えるようになり、空っぽになった会場は何とも味気無かった。
熱気が消え失せ、試合中は感じられなかった肌寒さをひどく感じて、思わず身震いした。
一人座席の背もたれに座って、ぼんやりと誰も居なくなった会場内を眺めた。
先程までの喧噪が、まるで嘘のように思えた。

目の前の空の座席に、自分の影以外にもう一つ長い影がぬっと出て来た。
長いそれの先は針山のように刺々しく、一目でこの影の持ち主が誰なのか分かるものだった。


「お疲れ」


見上げるように振り返ったが、影の持ち主の顔は夕日の逆光で暗く、本人自身もまるで影のようだった。
だがしかし、ヒル魔がにやりと笑ったのが何と無く分かった。
ヒル魔はそのまま移動し、隣の座席の背もたれに、同じ様に腰掛けた。
ここで漸く顔が伺えたが、やはり口の端は吊り上がっていた。
先程の厳ついユニフォームではなく、大学と同じ様な私服に着替えている。
長い脚が前方の座席の背もたれに引っ掛けられた。
ヒル魔はこちらを見ずに、フィールド内を遠目に眺めながら、口調は軽くこう言った。


「凄かっただろ」

「凄え」


思ったことをそのまま素直に返すと、ヒル魔が少し面食らったようにこちらを見て薄く笑ったのが何と無く分かった。