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男神





数年後設定
結婚について悩む神崎一、二十代後半の冬。










婚期を逃した、と言うと怒られそうな気もするが、四十手前にして未だ結婚していない兄が酒を片手に独り言ちる。

「女はもう、こりごりだ」

結婚するより仕事をする方が好きだと豪語する兄だが、実の所、長い間付き合っていた彼女にフラれたのが大分堪えたらしく、酒を飲む度こう言うのはもう決まり文句になっていた。俺の場合女じゃなくて男なんだよなとは口が裂けても言えない。兄は仕事が出来るのだから、仕事と結婚するのもいいと思う。じゃあ自分はと言うと、家業を継ぐこともなくこの年までふらふらしているし、結婚して身をかためるのが一番良い手なのかもしれない。じゃあ誰とだよと言われると、頭の中にはあの小憎らしい年下の男の顔が思い浮かぶ。やっぱり結婚はないなと、頭に浮かんだ顔を消して、グラスを傾けた。

「兄貴は、もう結婚する気はないのか」

そう尋ねると兄はきゅっと眉を寄せて、この年で結婚する気力はもうないもんだと答えた。

「いいか、一。結婚はな、若い内に、勢いでやれ」

三十も後半になると、勢いなんてなくなるからな。
兄はそう言って、グラスに入った酒を一気に飲み干した。





継ぐだの何だのはまだ考えなくてもいいと父親は言う。未だ自分の手腕は健在であるし、息子が継ぐには年齢としてまだ早いと言うのが主な理由だった。その実に全うな理由の裏に、家業を継ぐにはまだ早過ぎる年齢だが結婚するには丁度いい適齢期だと、そんな言い分が見え隠れ、いやまる見えなのだ。兄はああで結婚する気などもうないようであるし、そうとなれば次男に期待する。結婚というか、父親は早く孫の顔が見たいんだと思う。
裏切ってるなあと、そう思う。孫を期待する父親には悪いが、自分は兄以上に結婚するつもりなど毛頭ない。ましてや子供をもうけて家庭を作る気もなかった。これだけの長い間あいつと付き合ってきて、今更他の誰かを好きになるなんて、考えただけでも疲れる。というのが俺なりの表立った理由で、実の所はただあいつ以外もう好きになれないという何とも恥ずかしい理由だった。誰にも言えないが。

「お袋が親父との結婚を決めた理由って、何よ」

父親不在の夕飯の席で、母にふと尋ねた。何と無しに思いついた質問に、母は箸を止めて、驚いたようにこちらを見つめた。

「なに、唐突ね」
「何となく、気になった」

あなたももうそんな年だものね。
母は柔らかく笑みを作って、そう言った。
母が持ってくる見合い写真を無下にする度父親は渋い顔をするが、母はあまり気にしていないようで、黙ってその写真達を片付けていた。結婚結婚とうるさい父親と反するように何も言わない母が、不思議でならなかった。

「そうねえ、確かにとても悩んだ結婚だったわ」
「そりゃまあ、こんな家に嫁ぐんだしな」

母は持っていた箸を机に置いて、指を組んだ。

「手をね、握ってくれたの」

そして左手に右手を重ねて、感触を確かめるようにきゅっと握り締めた。懐かしむように目を細め、温かな笑みを浮かべる。

「手?」
「そう、手。私が辛くて泣いてる時に、いつも何も言わずに強く手を握ってくれていたの。何て事はない、たったそれだけのことなんだけどね」

ああ、私はこの人と一生を共にしたいって、そう思ったの。








この先が考えられませんでした。



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