最上級のお願い



兄貴、大好き。
何処にも行かないでね、ずっと傍にいて。



――幼い頃の遠い記憶が、薄らと蘇る。
今思えばなんて我侭だっただろうか。
当時自分よりも10は上の兄に「何処にも行かないで」なんて最上級のお願い。
母は病気で死に、父は失踪し行方不明。
あの時、確かに自分が頼れるのは兄しかいなかった。所詮は子供じみていて。
それでも兄は、そんな弟の我侭に困る様子もなくにたしかに「嗚呼」とだけ呟いたのだった。





『最上級のお願い』





今となっては、その約束を――少し後悔する。


エレン・イェーガーは、高校2年の春を迎える。
一人暮らしの為に借りたアパート、物件的に此処を選んだのは学校が近かったのもあるが
アパート横に咲く桜が綺麗だったから……かもしれない。
ほぼ直感で不動産屋に、借りますと言った事を、窓から見る桜を見ながら間違いじゃないと実感している。
アパートの外には桜、高校二年という遊び盛りの時期、こうも条件が揃えばわくわくが止まらないものだ。

ただ……一つ余計なモノさえいなければ。


「なんだ、余計なモノって」
「ひッッ!」

心を読まれたのかとびくりと肩を震わせたエレンの後ろに、物静かに本を読んでいる人物がいた。
今にも殺されそうな鋭い瞳、口調がキツいのもあるが一番は、只者ではないというオーラ。
何でも昔、通りすがりの占い師に「悪運が凄い」なんて言われた兄・リヴァイ・イェーガーは

その言葉通りの、悪運。

悪運と言っても自身に降りかかるものではなく、周りに降りかかるものだ。
リヴァイが学生時代、エレンに喧嘩を売ってきた他校生を半殺しで追い返したとか
引ったくりを追いかけていた警察に頼まれ、犯人を瀕死寸前にし捕まえたとか。
一見、良い噂のようにも聞こえるが降りかかる災難は決して良い者ではない。
無論リヴァイ自身だけのせいではないと思うが……そこは置いておく。


「……兄貴、急に話しかけるなよ」
「良いじゃねえか、減るもんじゃない」

「そういう問題じゃなくて」

そんな兄が何故、好き好んで自分の部屋に居座っているのか。

理由は明白、子供の頃の約束だ。
あんな約束、未だ守ってるなんて聞いて呆れるが兄はきっちりと守っていた。
自分のあの時の言葉を、一字一句足らず、確かに。


(何処にも行かないでね、ずっと傍にいて。……なんて)


昔の自分の言葉に恥ずかしくなる。
仄かに熱くなった頬に手を当て、隠すようにベランダをもう一度見た。

兄は、相変わらず本に眼を通している。気遣い損だったかも知れない。
昔の事に思いを馳せたせいか、何だか兄にもっと話しかけてみたくなった。
あまり会話をしなくなったのは小学生高学年くらいからだっただろうか。
自分は反抗期に入り、兄と会話しずらくなったのもあった。

読書に没頭する兄を邪魔するかのように、本の横に顔を並べてみる。
子供の頃の、構って貰えない子供のようだが構わない。兄の反応を、目で追いかけた。

――けれど予想以外に一瞬の視線、兄は複雑そうに栞を挟み本を閉じると。
これまた真剣な顔でこちらを見て。

「え、兄貴、なんか」
「ん?」
「その反応は、弟的に、ちょっと」

微妙、と言おうとした所で、微かに笑われた。
丁度、誘われるようにベランダから春の風が舞い込んできて桜の花びらが室内で踊る。

俺はつい、見とれてた。

危ない、と身体を動かそうとした瞬間、腕を強く掴まれる。
動機。驚きと焦りで胸の奥が鳴る。
兄弟としては可笑しい感情が、心臓の方がざわつく。

「エレン」

優しい声色に、一向に動機が止まらない。
自分は、自分はきっとびっくりしているのだ。兄のギャップに驚いている、ただそれだけ。
そう信じたい、でなければこの動機は、きっと――。
無意識に否定し続けるこの思いの名前を自分は知っている。
そして、認めてはいけないことも。


掴まれていた手がすっと離れた。思わず顔をあげると、変わらず兄の顔があり
咄嗟に、破顔。
思い切り笑っているその顔をぽかんと見つめ、瞬きを何度か繰り返した。
「…ふっ」
「な、なに笑って」

少しムカッときて、冗談半分で胸倉を掴めばリヴァイはさも可笑しそうにまた笑った。
こんなに笑っている兄を見るのは生まれて初めてかもしれない。
内心毒づきながら、手を離すと、今度は逆にあちらから胸倉を掴まれる。
うぁ、と情けない声が出て、そのまま――。


「好きだ、馬鹿弟。」

重なった唇、完璧に思考停止した頭では何も理解は出来ない。
ただ、兄のその台詞とは裏腹に家族にするものじゃない行為だけが頭に入ってくる。

(おれも、すき)
兄弟愛と言えばいいのか、また別のものと呼んでも良いのか。
複雑な感情がエレンの中に残った。


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