I knew that you know




訓練兵になったことは知っていた。
更に言えば、調査兵団志望なのも知っていたし、母が亡くなり父も行方不明だと知っていた。
知らなかったのは、一つだけだ。

エレンが、自傷行為と引き換えに巨人化できるということ。


※※※


弟のエレンが生まれた頃、俺は荒れに荒れて地下街で暴れ回っていた。今思えば良くもまあ、とため息つきたくなるような理由と行動で、これに関しては両親に謝罪も致し方なしといったところだ。だが、両親は両親で生まれたばかりのエレンに掛かりきりであったから、エルヴィンの勧めで調査兵団に入ってからは生家へ年に数回帰れば事足りた。それでも顔を出していたのはエレンが7歳ぐらいの時までなので、アイツは俺をよく覚えていないだろう。というか、よくよく考えたら自分の知らぬ間に新たにミカサという家族まで出来ていた俺は不憫すぎる。手紙で事後報告してきた辺り、さすが俺の親だなと思う。

というわけで、弟と妹が調査兵団に入団するに当たって、一番問題なのは班編成だった。
兵団に兄弟や家族同士が全くいないわけではないが、通常は公私混同を避けるために別の部署に配置をする。ミカサは俺が兄だと知っていても顔や態度には出ないだろうし、そもそも書類や両親からの話程度にしか知らないだろうから問題はない。

問題は、エレンだ。
審議所ではエレンも気が動転していたようだし、会話の機会も余りなかったために特に何もなかった。ちらちらというエレンからの視線は非常に不愉快だったが。ただ、巨人化するという性質上、俺が監視することになったのは・・・強いて言わなくても心底面倒である。

「おい、グズ」

後ろから気付けの一発さながらに蹴りを入れると、エレンは前につんのめった。転がりはしなかったが、非難がましくこちらを見てくる。

「痛ってぇ!なんだよ!・・・ですか」

睨みを効かせてやれば、取って付けたような敬語を文字通り付けやがった。

「ボサッとしてんじゃねぇよ、新兵が。さっさと書類片付けろ」

エレンが視線を慌てて下げ、足元に落ちている先ほどの蹴りの衝撃で散乱したものの他に、風で飛び散った書類を拾う。その様子にフン、と鼻を鳴らして、エレンがぼーっと眺めていた窓を閉めた。今日は風が強い。

窓を締め切った資料室は薄暗かったが、活動に支障があるほどでもない。黙々と資料を漁る俺に倣い、エレンもブチ撒けた資料をまとめ直して紐で綴じている。そして、またちらちらと俺を見てきた。うぜえ。

「・・・言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「いや、あ、大丈夫・・・です」
「兵士として、とは言ってねぇ」

そう言ってやれば、エレンはみるみるうちに目をさ迷わせ始めた。反射的に反発はするくせに、いざ言えと命じれば何も言わない。こんなに、言いたいことが言えないようなガキじゃなかったはずだ。訝しがりながら、エレンが口を開くのを待つ。たっぷり3分待ち、そろそろ蹴飛ばすかと思ったところでやっと口を開いた。

「か、母さんのこと、なんだけど・・・」
「ああ。知ってる」
「え、・・・うそ、本当に?」
「ああ。親父のこともな。行方までは知らんが」
「なんだ・・・そっか・・・」

エレンはホッと力を抜いたようで、強張っていた肩を少しばかり落とした。まさか、これが言いたかったわけでもないだろう。しかし、よくよく考えてみればただの“兄弟”として2人きりで会話するのは、エレンが兵団に確保されてからはこれが初である。幼い頃から今までの空白期間も考慮すれば、内容も納得できなくはない。

「俺、母さんを守れなくて・・・でも、兄貴には話さないと、って。ずっと、」
「・・・・・・」
「ごめん、」

顔を隠すように俯いたエレンを見ても、今は亡き母親に対する感情は沸いてこなかった。駐屯兵団の父の知り合いから母の最期を聞いて5年が経ち、折り合いは既についている。元より、肉親の他界を嘆くほどの時間も無く、そのような気概を持つほど若くも無かった。調査兵団に長くいれば居る程、死はより身近なものとなる。

「謝るな。お前は悪くねぇ」

するりと漏れた言葉は、紛れもなく本心だ。10歳のエレンに母を守って死ねとは言えない。むしろ、シガンシナに巨人が侵入したと報告された時は家族全員の命を諦めていた。今現在エレンとミカサが生きていることは奇跡に等しい。

エレンは俺の言葉に、ゆるゆると顔を上げた。泣きはしていなかったが、いつ泣き出してもおかしくない状態でエレンの泣き顔を見るのも久しいと思った。

「守れなかったのは俺も同じだ。力があったというなら、特にな」
「・・・・・・」
「俺が家にいたら、何か変わったかもしれねぇ・・・・・・エレン、お前ならそう言うと思ったんだが」

そう言ってやれば、エレンは漸く顔をくしゃりと歪ませた。ポロリと一粒涙が落ちれば、あとは惰性に任せて流れるだけだ。しかし、ぐずぐずと泣き出すエレンを不思議と汚いとは感じなかった。
まさか、あのチビ助がこんなにデカくなるとは、と感慨深くなりながら頭を抱き寄せてやる。肩口に押し当てるようにして抱き込むと、エレンの涙が服に染みた。

「傍にいてやれなくて、悪かった」

肉親を喪うというエレンの状況を知っていながら、俺は兵団を優先した。事後処理等が立て込んでいたこともあるが、頃合いを見計らって近くに住まわせることも、それが出来なければ開拓地まで会いに行くことも可能だった。

エレンを切り捨てたのは、間違いなく俺の方だ。
なのに、弟に巨人化という人類の役に立つ能力が表れた途端、利用しようとする。
それが実の兄のすることか、と罵られてしまえば楽になるのに。

「良いよ、わかってるから・・・兄貴が、頑張ってたの、知ってるから、」
「エレン、」
「俺、知ってんだ・・・・・・母さん、俺には反対したくせに、」

兄貴が調査兵団の兵士長になったって手紙見て、すごく喜んでた。

エレンが言う手紙には覚えがある。以前、今の地位に昇級した時に形式的に出した知らせのことだ。その昇級も半ば怪我と引き換えに得たようなもので、一応だが怪我の程度も書き添えた気がする。俺が何をしていようと気にも留めないだろうと踏んでいたが、そうでもなかったらしい。

我の強いところがある女性(ひと)だった。俺の二の舞にさせたくなくて、エレンの調査兵団希望をきつく叱っていたのだろう。
今となっては、真意を尋ねることも出来ない。

「俺、巨人化出来て良かったって・・・今は、そう思ってる」
「・・・やつらを駆逐するためか?」
「それも、ある・・・けど、・・・兄貴に、また、会えた。から」
「・・・」
「家族を守れないで、・・・俺の知らないところで、死なせるのは嫌だ」

エレンの呟きが、胸に沁みる。強い酸を掛けられた時のように、焼け付くような痛みを覚えた。

家に寄り付かず、それ以前も構ってやった記憶はない。俺とエレンの間には溝しかないと思っていた。それでもエレンは俺を兄と認め、家族だから死なせたくないと言う。エレンの頭の中を覗いてやりたい。俺の記憶が本当にあるのだろうか。

お前の兄なら、お前を殺すために監視なんかしないなんかしないだろうに。母親を見殺しにしたも同然の俺を責めることもしないとは。

エレンに守られる謂われは俺にない。

「馬鹿が」
「・・・うん、ごめん」
「うぜぇ」
「・・・ごめん」
「・・・巨人になんかなりやがって」
「・・・それは、父さんに言ってよ」
「うるせぇんだよ、グズ野郎」

人の頭を抱きながら話すような内容ではなかったが、何となく、俺達はずっと以前からこうだったのだと納得した。5年以上会話などしなかったのに、エレンも違和感は感じないようだ。血は争えないとはよく言ったものである。
親父が何を思ってエレンにその術を施したのか、俺には見当も付かない。だが、エレンが巨人化出来なければ、俺の班に配属されなかったのは事実だ。配属されなければ、こうして弟を哀れに愛しく思うこともなかった。

「俺には、お前を一生守り通すことは出来ない」
「・・・わかってる」
「兵士を辞めることも、逃がしてやることも・・・庇ってやることも、俺には出来ん。出来るのは、暴走したお前を殺すことだけだ」
「・・・うん」
「それでもお前は、俺を死なせたくないと言えるのか?」
「兄貴、俺・・・」

顔を上げて、まっすぐ俺を見つめたエレンは決意を込めた瞳をしていた。母親譲りの大きな猫目に、俺の顔をいっぱいに映して。

「それでも、俺は兄貴といるよ」

俺の下にいる限り、俺はエレンの傍に居てやろう。
今後どのような結果になっても、エレンは俺の血の繋がった、愛しい弟に変わりはないのだから。


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