つまるところの嫉妬心 Side:R



助手席に座る弟は窓の方を向いていた。ハンドルを握りながら時折横目で様子を見て、すっかり疲れ切ったように瞼を閉じている姿にため息をつきたくなる。
だから帰れと言ったのに。
あれからエレンの熱はまたじわじわと上がりはじめて、安静にとはいってもなかなか体が休まりづらい格好と環境、起き上がるのもしんどいのだとぼやきながら、一向に帰宅に対してだけは首を振り続けた。兄貴が帰るまで待ってる。その一点張りに呆れはしたが、無理に家へ帰そうとすれば嫌だ嫌だと涙目で睨みつけられるために、結局押し負けて早めに仕事を切り上げることにしたのだ。
まぁ、誰もいない家よりは目の届く範囲に居た方が安心できるという点も含めての判断だったわけだが。

「……おい、着いたぞ。起きろ」
「……ぅ……」

エンジンを切って、シートベルトをはずして、意識の飛んでいるであろう弟の肩を軽く揺する。小さな呻き声の後にゆっくりと目をあけたエレンは車の外の景色を目に入れてから、ようやく状況を理解した様子で「……ん…」とゆるく頷いた。リヴァイは手を伸ばしてエレンのシートベルトを外し、車を降りる。後部座席に置いていた二人分の荷物を回収してから助手席の扉を開いてやり、のろのろと起き上がるエレンを引き上げる形で車から降りさせた。
鍵を開けて自宅に入れば、エレンはふらりと手洗い場を通り過ぎて居間へ向かおうとする。その首根っこを掴んで手だけは洗わせて、「もう部屋行け」と短く命令。反応の鈍いエレンがどこまで理解しているかは定かではないが、大人しく階段を上って行ったところまで見送って、リヴァイはひとまず居間に荷物を下ろした。
明日の朝の具合によっては病院に連れて行くとして、今晩は薬を飲ませて寝かせておけば良いだろう。そう考えてリヴァイは水と薬、冷蔵庫の奥の方に仕舞われていた冷却シートを探り出し、濡らしたタオルも一緒にして盆の上に置いておく。エレンの学生鞄を片手に、もう片方の手にその盆を持って階段を上りながら、リヴァイはふと昼間のエレンの様子を思い返した。

(…構えだの寂しいだの…公共の場で盛りやがって、あの馬鹿は)

そうは思いつつも、その根源にある感情は理解できないでもない。思えば二人きりの時以外にエレンはリヴァイに近づこうとはしないし、保健室自体も少しばかり敬遠する傾向があった。
公私混同を望まないリヴァイとしてはそれはそれで口を出すようなことでもないと考えていたのだが、…というか、口を出せることではないと、考えていたのだけれども。

「……おい、服ぐらい着換えろ」
「……」

暗い室内。カーテンは朝に開かれた状態のまま、電気はついていない。廊下の光でかろうじて中の様子は伺えるが、薬を飲ませたりなんだりと世話をするには不便な状態だ。リヴァイは電気をつけようとして、けれどエレンにとっては心地よいものではないだろうとすぐに思い至る。片手にぶら下げていた鞄を部屋の端においてから、エレンの横になるベッドまで近づき、サイドテーブルのランプに手をかけた。
暖色の淡い光がぼんやりとベッド周辺を照らす。エレンが身じろぎ、シーツに顔を埋めた。

「制服脱げ。ちゃんと着替えて寝ろ」
「……このままでいい…」
「…体拭いてやるから。汗かいただろ」
「………んー……」
「エレン」
「……あにきが脱がして」
「………ガキかよ」
「……」
「…おいエレン。寝るな」

ゆっくりと肩を上下させる無反応の弟。リヴァイはため息をついて、半ばうつぶせになっていたエレンの体を仰向けに転がした。体を動かされたことでエレンの瞼がぴくりと動きはしたが、それでも起き上がる気配はない。仕方なしにベッドに腰を下ろして制服のボタンに手を伸ばし、ため息と共にひとつひとつそれを外していった。

「…体起こせ。袖、脱がすから」
「ん…」
「ほら」
「…おこして…」
「……」
「ん」
「…………はぁ…」

引っ張って、と言わんばかりにエレンの手が伸ばされている。どこまで手を焼かせる気なのか。薄く眼を開いたエレンが自分を見上げていることに気付いて、リヴァイは深いため息をついた。
手首を掴んでぐっと引き上げる。浮いた背中にすぐに手を差し込むことで安定的にその身を起こしてやり、伸ばされていた手がゆるく首に絡みついてくるのにはまたため息が出そうになった。
ひとまず袖に通したままの服を脱がせなければ意味がないので、絡みついてくる腕を解いて本来の目的を達成。けれども腕は性懲りもなく首にしがみついてきて、ぴったりとくっつかれているせいでサイドテーブルのタオルに手が届かない。

「おい」
「…」
「ちょっと退け。物が取れねぇ」
「…うん…」
「…」
「…」
「…うんじゃねーだろ」
「…うん」
「……退けって」
「…」
「おい」
「……………昼の」
「あ?」
「…昼の、続きがしたい」
「……。……あほか」

ため息。もうこれで本日何度目になるかわかりやしない。
けれどもエレンの方は至って本気の発言らしく、俯いていた顔を上げて、薄く涙の張った目はじっとリヴァイの目を見つめてくる。

「…寝るんじゃなかったのか」
「したら、寝る」

駄々をこねる子供のようだ。呆れながらも、あやすように髪を撫でて語りかけた。

「…体調が悪い時にするもんじゃねぇだろ」
「…できる」
「できるかじゃなくて、俺がそういうことをするわけにはいかねぇって言ってんだ」
「なら兄貴はしなくていい。おれが勝手にする」
「できねぇくせに」
「できる…試したらいいんだ」
「…」
「…無理だったら、ちゃんと寝るから」
「………」

エレンとの距離が縮む。ピントが合わなくなるほどの近距離で、掠れる声が「お願い」と囁いた。
…何をこんなに必死になっているのか。
要因は一つではないのだろう。なんとなくでそれらを理解できてしまうから完全に突き放すこともできないでいる。
兄として取るべき行動なんか決まっている。両親を亡くした時から与えられた義務は、それでももうすでに、こんな関係を結んだ時点で破られてしまっているけれど。

「………好きにしろ。……聞き分けのないやつ」

言った直後。かろうじて保たれていたほんのわずかな距離は、薄く微笑んだ弟によって呆気なく埋められてしまった。








「……っは、……ん、…っ…」

上に乗る弟の体が熱い。そもそも発熱しているのだからそれも当然。必死になって舌を絡めてくる健気とも取れる仕草に後頭部を撫でてやりながら、リヴァイは天井を眺めていた目を細める。
呼吸の乱れは普段よりも激しい。それでもリヴァイをその気にさせようと考えているのか、ただ単純に触れたいだけなのか、これもまた熱い手がたくしあげた服の下を弄ってくる。押しつけられる下半身は硬く、勝手にすると言う割には、時折様子を窺うようにリヴァイを見やって、けれど無表情に近いそれに不安げに顔を歪めるのが矛盾して見えた。

「……、…はぁ…っ…は、……はっ…」
「…止めるか?」
「…やめ、っない…」
「…きついだろ」
「…ッきつく、ない…!」
「…嘘つくな」
「……っ……」
「無理しても良いことなんかねぇだろ。…抜いてやるから、ここまでにしとけ」
「………うう……」

くしゃり。エレンの表情が泣きそうに歪んで、ぼろりと涙がこぼれた。今ここでため息をつこうものならば彼が大げさとも取れるほどにはびくつくことが分かっていたから、すんでのところでリヴァイはそれを飲み込み、エレンを膝の上に乗せたままゆっくりと上体を起こす。押されるままに屈めていた体を起こすエレンは決壊した涙腺を締め直すこともできずにぼろぼろと泣き続け、リヴァイは親指でぐっとそれを拭ってやりながら穏やかな声音で語りかけた。

「…なあ…今は少し、心細くなってるだけだ」
「……ひ、っ…う…」
「体調が戻れば辛いのもなくなる。寂しいってんなら今夜は一緒に寝てやる。…それでいいな?」
「…っ…」
「……ほら、抜いてやるからもう少し足開け。やりにくい」
「……っ…ごめ、なさ……」
「…いいから」

諭すように声をかけて、片手は後頭部を撫でる。その一方で逆の手はベルトを外し、前を寛げて、熱くなっているその個所を柔く握り込んで上下に擦る。

「……ぁ……」

緩やかな動きに微かな声が漏れた。エレンはリヴァイの肩口に額を押しつけて、両手は背中にまわして服を握り刺激に耐えようとしている。
我慢しなくていい。耳元に唇を寄せて僅かに触れさせながら囁けば、びくりと肩が揺れると共に背中のシャツを掴む手に力がこもる。

「あ、…あっ、…ぁ、あ…」
「…」

徐々に漏れだす先走り。ぬめりが生じ始めたことで摩擦が軽減し、聴覚から慰められている現状がエレンを追い詰める。
ひくつく膝がスルスルとシーツの上を滑れば足の先も同様。リヴァイの視界の中でエレンのつま先がシーツを掻き、伸びては縮み、伸びては縮みを繰り返した。

「…やっ……ぁ、っう…うう…」

未だに止まらない涙の原因は精神的な不安定さか、はたまた与えられる快楽か。頬に伝うこともなくぽたぽたと落ちる水滴がリヴァイの腿の上に染みを作っていくのが感覚として分かって、またあやすように、くしゃりと髪を撫でてやった。
けれどもその一方で愛撫を続ける手は休ませず、徐々に動きを速めていく。裏筋を繰り返し擦り上げ、耳を甘噛んだ。ぎゅう、と力のこもった手がシャツを引っ張ってまた熱い息を吐くそばで、リヴァイは追い上げとばかりに先端の部分に指先を押し付けて。

「――ッあ!!…っぁ………あ、あ…」

びくっ、と腿が揺れて、リヴァイの手の中に熱が解放される。ぽた、とまた涙が落ちて、徐々に脱力していくエレンがリヴァイに体重を預ける形で浅い呼吸を繰り返した。
リヴァイはぽんぽん、とエレンの頭を撫でてからサイドテーブルのティッシュに手を伸ばす。数枚引き出してから己の手を拭い、続いて用意していた濡れタオルでようやく本来の目的を達成するに至った。

「…体、拭くからな」
「…、…」

こくり、と頷くエレンの息は未だに荒い。今はそれを整えることに必死であるのだろう。リヴァイは汗のにじんだ首筋から、手の届きやすい背中の方へとタオルを滑らせた。
それから背中にまわされていた手を解いて、二の腕を、手首を、指先を。逆側も同様に拭ってやり、「前も拭くから起きろ」と顔を隠したままのエレンに淡々と囁いた。









「明日、熱が下がらないようなら病院行くからな」
「…平気だって」
「そう言うのは実際そうなってからにしろ」

ジャージを着せて、ベッドに横にならせて。髪を避けたエレンの額に冷却シートを張りながら、リヴァイは冷静に言葉を返す。サイドテーブルには水の減ったグラスと開けられた錠剤の袋。脱がせた服とタオルはリヴァイに抱えられ、冷却シートの接着部分から剥がしたものはゴミ箱の中へ。
ぴぴぴ、と体温計の音がすれば、リヴァイがエレンに向かって手を差し出す。その動作に大人しくしたがって体温計が渡され、リヴァイは表示された数値に軽く舌打ちをした。

「上がってんじゃねーか。さっさと寝ろ」
「…さっき一緒に寝てくれるって言った」
「やることをやってからだ」
「…じゃあ待ってる」
「……待ってるのは構わんが、横になってろよ」
「ん」

頷いたエレンにリヴァイも頷き踵を返す。
この後はひとまず抱えたものを洗濯機に突っ込んで、自分は着替えて風呂に入って、正直やることは山ほどある。けれども仮にも病人である弟を待たせている以上、あまり時間を取りたくはないわけで。
…仕方がないので、今日は最低限度のことだけで済ませて、さっさと寝ることにする。
リヴァイは胸中でその結論に至ると共にドアノブに手をかけて。

「……ああ、そうだ」
「…?」
「お前、嫉妬するのは自由だが、自分だけだと思うなよ」
「…へ?」
「ガキ同士ならともかく…教師と距離が近い様子は、少なくとも見ていて気分が悪い」

告げようと思っていた事柄を告げておく。これに対し、「……へ?」とまたしても間の抜けた声を零すエレンに、リヴァイは何事もなかったかのように背を向ける。そのまま、「え、…あにき、それって」と困惑を前面に押し出したエレンに気付かれぬように苦笑いとも取れるため息をつきながら、さっさと弟の部屋を後にした。


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