その手を伸ばして捕まえて



「結婚しよう、エレン」


「……………は?」


15才の夏、数年ぶりに再会した兄に求婚されました。








大学入ると同時に家を出た八歳上の兄リヴァイが、話があると言って数年ぶりに突然帰って来た。
母さんは大学に入ってから一度も家に寄りつかなかった兄貴の帰宅に浮かれ、対照的に父さんは浮かない顔をして、時折オレの顔を見ては溜め息を吐いている。
それを不思議に思いながらもオレはというと、目の前に座る兄貴に複雑な気持ちにさせられていた。

というか、居心地が悪い。




兄貴はオレの初恋の人だ。
物心つくかつかないかの頃からオレは兄貴の事が好きだった。
どの位好きだったかというと、大きくなったら兄貴のお嫁さんになると信じていたのに、母さんから「男同士、しかも兄弟は結婚出来ないのよ」と言われ、一晩中泣いてたぐらい好きだった。

だけどそれでも諦めきれなくて、兄貴の後をついて回って父さん母さんを困らせてたのを覚えている。
そんなオレに兄貴はイヤがるわけでもなく、ただ無表情にオレの頭を撫でて、手を引いてくれた。それが嬉しくて嬉しくて、兄貴の事がもっと好きになった。


でもそんな日々もオレが小学校に入る頃には終わる。

何故か兄貴がオレを避け始めたのだ。

最初は気のせいだと思っていた。
だけどそれは露骨さを増し、兄貴はオレに目線すら合わせてくれなくなった。

触れば振り払われる。
声をかければ無視される。

ああ嫌われたのだと、幼いながらに思ってしまった。

そう思ってしまった日、オレはまた一晩中泣き続けた。


もう諦めてしまおう。
これは報われる事のない想いなのだから。


その日を境にオレは兄貴への想いを封じ込めた。


それからのオレは、あからさまではないが兄貴に近寄らなくなって、兄貴も兄貴で高校に入ると非行に走り、あまり家には帰って来なくなり、自然とオレたちはすれ違う様になってしまった。




なのに、



それなのに!





「結婚しよう、エレン」


「………………は?」



何を言ってるんだ、この男は。
ちょっと会わないうちに頭がおかしくなったのか?
いや確か兄貴は大学在学中に起業して、二年ちょっとで年収何百億を叩き出したIT系会社社長だから、頭がおかしいとか有り得ない。

何故オレにプロポーズ?


つか、



「…………バカにしてんの?」



確かにオレは兄貴が好きだった。
だけどその想いはもうない。


「…莫迦になんかしてねぇ」


眉間に皺を寄せる兄貴の言葉にカッとなる。


「バカにしてなきゃ、何だって言うんだよ!」


「…好きだからに決まってるだろう」


「ふざけんな!」


視界の隅で父さん母さんがオロオロしているのが見える。
だが、オレの怒りは収まらない。


「ふざけてなんかいない」


「ふざけてるだろ!兄貴はいつもそうだ!!変に期待させて、それで…結局最後はオレを突き放すんだ…」



ああ、なんだか泣きそうだ。
これじゃまるで、あの時の小さなオレの様じゃないか。


オレは、こみ上げてきそうな涙を兄貴には見られたくなくて、そのまま家から飛び出した。









「で、泣きながら僕の家に来たと。」


呆れたようにアルミンはオレを見る。
家を飛び出したオレは近所にある幼馴染みのアルミンの家に来ていた。
涙でぐしゃぐしゃなオレは気まずくなって、アルミンの部屋にあるお気に入りのクッションに顔を埋める。


「ちゃんとリヴァイさんの話聞いたの?」


アルミンの言葉に、クッションに埋めたまま顔を振る。


「あのさ〜、エレン。傷つきたくないのは分かるよ?だけど話くらい聞いてあげなよ」


「ヤだよ。だって何考えてるか分かんないよ、あのバカ兄貴」


「だからって逃げてもどうしようもないじゃん。話を聞かなきゃ何時まで経っても擦れ違ったままだよ?」


なんでアルミンは兄貴の肩ばかり持つのだろう?
オレがどんな思いで、兄貴への恋心を封じたか知ってるクセに。


「僕はさ、エレンの気持ちも分かるからどっちの味方とは言えないけど、これだけは言えるよ?エレンが傷付く結果にはならないって」


「なんでそう言い切れるんだよ!」


クッションから顔を上げてそう言えば、アルミンは困った顔をして「知ってるから」と告げた。


「知ってる?」


「そう、知ってるんだ。リヴァイさんの気持ち。」


悪戯っ子の様な顔でアルミンは話を続けた。



「リヴァイさんねーエレンが僕とミカサにべったりになるようになってから、僕等を見かける度すんごい目で睨んできたんだよ」


兄貴が睨んでた?そんなバカな。


「その度、ミカサとリヴァイさんの視線での絶対零度の闘いが始まる事もしばしばだったし、僕なんか一人になった時、エレンに悪い虫(ミカサ含む)が寄らない様にしろとか、くっ付きそうだったら邪魔しろとか、逐一連絡しろって連絡先渡されるしで大変だったよ」


当時を思い出してるのか、遠い目をしているアルミンに哀愁が漂う。
アルミンの話に頭がついて行けない。

兄貴がそんな事をしていた?いったい何故?



「アルミンそれホント?」


「ホントホント。嫉妬するんなら最初から避けるなって話だよねーだからさ、一遍腹を割って話し合ったら?それでエレンが納得出来なければ拒否すれば良い」


まだ、好きなんでしょ?


その言葉に収まった筈の涙がまた零れ始める。


そうだよ、好きだよ。


どんなにこの想いを忘れようと思った。
だけど、姿を見る度、声を聞く度、好きだって気持ちが溢れ出すんだ。
莫迦だと罵られてもいい、実の兄に恋なんてと蔑まれてもいい、好きなんだ愛してるんだ。
忘れる事なんてどうしたって出来やしない。


一頻り泣いたオレの耳に、携帯のバイブ音が聞こえた。


オレは着の身着のまま来たので、アルミンの携帯だろう。
アルミンの方を見れば、やっぱりアルミンの携帯からだったらしく、携帯を開いて操作していた。


メールだったそれに、何故かアルミンの顔が歪む。
どうしたんだろうと思って、問いかける前にアルミンが此方に携帯画面を見せてくる。


その内容は…


「とっととエレンを返せだって。」


何様なんだろうねリヴァイさん。


苦笑じみた笑顔にオレも釣られる。
なんだか可笑しくなって二人で声を出して笑った。



「オレ、帰るよ」


一頻り笑った後、オレはアルミンにそう告げた。


「その方が良さそうだね。お迎え来てるみたいだし」


アルミンは窓から外を見ると過保護だねと呟いた。
それを不思議に思いながらも玄関に向かうと、いきなり玄関の扉がすごい音をたてて開かれる。
それにびっくりしていると、アルミンが呆れたように扉の向こうに声を掛けた。


「人の家の玄関壊さないで下さいよ」


「うるせぇ。お前がさっさとエレンを返せば、こんな真似しなかった」


「…兄貴?」


扉の向こうには兄貴が居た。

えっなんで此処に?

目を白黒させてると、腕を掴まれる。


「帰るぞ、エレン」


「えっ、あ、アルミンまたな!」


「また学校でね」


そのまま引き摺られる様にアルミン宅を後にした。




何だろうこの沈黙の痛さは…


「あの、兄貴?」


「…もう昔の様に呼ばないのか?」


「は?」


「昔の様にリィ兄って呼ばねえのかって言ってんだよクソガキ」


「はあぁぁぁ?!」


「昔みたいに呼べよエレン」


またしても何言い出すんだこの男は!まさかと思うけど、拗ねてんの?!良い大人が拗ねてんの?!


「リィ兄」


「よし」


呼び方変えたら、満足していらっしゃる。何なんだいったい。


「リィ兄、結婚の話あれ本気?」


未だ腕を掴み、前を歩くリィ兄に問い掛ける。


「当たり前だろ、その為に会社社長なんてクソ面倒くせー事やる羽目になったがな」


「なんだそれ」


会社経営が好きで起ち上げたんじゃなかったのか?


「親父との条件だったんだよ。男同士という前に血が繋がった兄弟、知られたら世間から蔑まれる関係。それでもエレンが欲しいなら、誰にも文句が言えないような力をつけろとな。まさかここまでやるとは思ってなかったらしく絶句してやがった」


ああだから父さんは困った顔をしていたのか。


「まあ、高校入って喧嘩に明け暮れた理由が、衝動的にエレンを犯さない為ってカミングアウトした時よりは衝撃は少なかっただろうが」


「……………………何だって?」


なんか変な事が聞こえた様な気がしたんですが、気のせいですか?


「お前エレンよ、いきなり避け始めた俺に、お前は嫌われたのだと思っていたようだが逆だ。好き過ぎて、わずか7才のお前に欲情した俺がお前を傷つけない様にする為敢えて避けたんだ」


立ち止まり、此方を見つめて告げるリィ兄の目は真剣だった。


「俺は、弟で有ろうと男で有ろうとお前が好きだ。お前は俺の事をどう思っている?気持ち悪いと、兄ではないと思うか?」


掴まれた腕に力が入る。でも微かに震えているリィ兄の手。


ああ、好きだなって思う。
愛しいって思う。



「リィ兄。オレね、突然リィ兄から避けられて凄く悲しかった。ずっとリィ兄を好きな気持ち忘れようと思った。だけど、アルミンの話聞いて気付いた。やっぱり好きだって。だからリィ兄の告白は凄く嬉しい。」


オレの腕を掴んでいるリィ兄の手を外し、手を繋ぐ。


「オレもリィ兄が好きです。」


そう告げた瞬間、繋いだ手を引っ張られる。
抱き締められてキスされてると気付いたのは、歯列を割ってリィ兄の舌が入れられた時。



「ン、んぅ、やめっ、」


顔を背けようとするけど許されず、結局オレが腰砕けになるまで貪られた。


「この位でへばるようじゃ、この先ツラいぞ?エレン」


まあ逃がす気はねぇがな。


耳元でそう告げられ、真っ赤になってる顔を背けながら、しっかりとリィ兄の手を掴む。


「リィ兄こそ、オレに捕まったんだから逃げるなよ」


「もう逃げねぇよ」






もう触れた手は振り払われない。
お互いにお互いを捕まえたから。

今度は追いかけるのではなく、隣を歩こう。
この先ずっとアナタと歩んで行くのだから―――。



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