貴方を手折る庭




頭が痛い。

「兄貴」

朝だと判ったのは、いつの間にか開け放たれたか、カーテンの引かれた窓から燦々と日光が差し込んでいたからだ。いつもは日が出るか出ないかに家を出るので、その日差しはとても目に痛い。弟が問い掛ける。

「起きた?」
「…………起きた」

むくりと布団を退けると、寝過ぎた為か頭が重く身体は怠い。休みだからといって過度に寝過ぎるのもよくないようだ。時刻は午前十時頃だった。

「兄貴が食器洗えよ」
「判った」

声はまだ掠れていたが直に戻るだろう。着替える為に箪笥に向かう。途中部屋を出ていくエレンの首が見えた。青い痣は前より薄くなったよう少しで安堵する。何の痣か、リヴァイは知らない。エレンは大丈夫だからとしか言わなかった。追求は何故か憚られた。
半ば寝ぼけたままに朝食を食べ食器を片付ける。仕事は休みのため、今日リヴァイにはする事がない。

「なあ兄貴。ちょっと、」

エレンが台所に顔を覗かせ何かを言いかける。リヴァイは手を拭っていたタオルを置いて顔を向ける。
瞬間、視界が歪んだ。
立ちくらみに似ている。足元に力を入れ何とか踏ん張るも尻餅をついてしまう。慌ててエレンが駆け寄って来る音を最後に、意識は濁った。



急いで兄に近付いたが、その直後にしまったと思った。この状態の兄に近付いてはいけないと、日頃身を以て学んでいたはずなのに。

「、っ」

首の痣に追い打ちをかけるような鋭さで腕が伸びてきた。気付けばがっしりと首を掴まれていて、身長の割りに大きい手がぎりぎりと気道を締め上げる。
ああ、やっと治りかけてたのに。
他人事の様にそう考えた瞬間、腕が動いた。その力に引っ張られ、エレンは仰向けに床へ肩甲骨を強かに打ち付けた。じんじんと嫌な痛みが患部から響くが、以前頬骨にひびが入った時よりは遥かにマシだった。
首はまだ締め上げられたままだ。痣と合致する手形。きっとまた色は濃くなるのだろう。

「ぎ、っあ、に、」

兄貴、と多分そう言おうとしたと思う。しかし声は言葉にならず、呻きと押し殺した悲鳴に成り代わった。
何か言ってくれてもいいのに、この状態のリヴァイは何も言わない。覚えてもいない。エレンは何も言えない。下手に抵抗してリヴァイの身体に傷でもつけたら、そこから彼の奇妙な行動を自覚するかもしれない。そうしたら、どうだ?リヴァイはエレンから遠ざかるだろう。家族だから、という理由で。
けれどエレンはリヴァイといたいのだ。両親も頼れる親類もおらず、不満も零さずエレンと共にいてくれたこの兄と。家族だから、離れたくない。

「ぐ、………っぃ、は、ぁ」

ただ無表情で首を絞める兄を弟は一身に見詰める。息ができるかできないかの絶妙な絞め加減は、却って苦しい。指先の感覚があやふやになってくる頃には全ての輪郭が曖昧だったが、それでもリヴァイをその金の瞳で見遣った。いつか終わる。いつか、いつか。

「ぁが…………っ」

ふとした瞬間に手が首から離れた。気道が一気に開き酸素が押し寄せてくる。げほげほと咳をしながら身体を起こすと、リヴァイが再びエレンに手を伸ばしてきた。反射で肩が跳ねるが、これもいつもの事だ。
エレン。リヴァイの口元が動く。
近付く兄の顔に、従順に弟は口を微かに開く。馴染みの柔らかい感触にも、最早感慨は少ない。触れるだけの短い口づけ。
放心状態の兄が我に帰る前にさっさとソファに運んで座らせる。
何故兄が首を絞めてくるのか、何故リヴァイはエレンにキスをするのか、エレンには全く判らない。だが、今までもこうだった。五年程前から、ずっとこうだったのだ。きっとこれからもこのままだろうし、こうあればいいとエレンは思う。
何故ならエレンは、

「兄貴、ごめんな」

思考にそっと蓋をして首の濃くなった痣を撫でる。ぴりりとしたそれが与えるのは痛みだけではなく。申し訳なさと愛しさとで、エレンは少しばかり重いため息を吐いた。



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