迂闊だった。もっと隠れてコソコソとやるべきだった。いや、むしろ最初からしなければよかったのだ。

六条千景と言う男はかなりモテる。容姿も良し、性格も良し、街を行く女性10人中10人が振り向くばかりか一目で恋に落ちてしまう。
しかしその割合よりも彼の知名度が勝っているため、大抵10人中10人が彼の事を知っている、と言うパターンが多いのだが。
そんなハイレベルハイクオリティな色男に唯一欠点があるとすれば、それは女癖の悪さだろうか。だがそれは世間一般に言う、低俗な「女癖の悪さ」とは確実に違う。強いて言うならば、彼が歩く所には必ずハーレムが出来るのだ。
おかげで日常的に修羅場を味わう事も多々あるのだが――、

(聞いてねえよ、こんなの…)

その男、六条千景は地に伏せていた。
正座の状態で体を折り曲げ額を床につけ、千景は土下座のまま微動だにしなかった。
その正面には恐ろしいほどに無表情の少女が彼を見下ろすように腕を組んで立っている。
少女は無表情を顔に貼り付けたまま小さく口を開いた。

「さあ千景くん、納得いく説明を頂戴」

小さく開かれた口から発せられた言葉は酷く無機質で、千景の凍り付いた心を容赦なく叩き割る。
埒が明かない。
一時間前位から同じ説明を延々と続けているのに、先程の台詞はもう十回は聞いた。

「だから、さっきから言ってるじゃん」

いつも自分を取り巻いているあるグループの中で、ほぼ全員が遊び半分だと言うのに、一人だけ熱心に真剣に言い寄ってくる子がいたのだと。
千景は特定の恋人と言うものを今まで作ってこなかった。と言うよりも、作っても長続きした試しがなかったのだ。だから――、目の前のこの彼女が事実上「初めての恋人」だったのだ。
自分に彼女がいる以上、誘いを甘受する訳にはいかず、もちろんその子の為にもならないので丁重にお断りした。ただ、その断る時に不備があったのだ。

「ベタな事に『キスしてくれたら諦める』なんて言われちゃってー…」

まあ、それぐらいのお願いなら聞いてあげてもいいだろうと。
でも愛する人が自宅で帰りを待ってくれている身なので、唇にしてしまったらアウトだろうと。
だから唇のすぐ横にキスをしてやったら案の定泣かれて帰られたのだが。
涙を煌めかせながら走り出す背中を見送り、手を合わせながら心中で謝ったその時――、

「グッドタイミングで私が来ちゃったんだよねえ」
「…その通りでゴザイマス」

なんだ分かってるじゃん、と上目遣いで見上げると「そういう問題じゃないのよ」彼女の眼光が鋭くなった。
彼女は盛大に溜息をつきまくって、千景をギロリと睨む。

「あのねえ」
「うん」
「アンタの私への配慮は痛み入るわ。よく考えたとも思うわよ、例え泣かれる結果になったとしても」
「でしょ?」
「ちーかーげくーん」
「はいすみませんでした出過ぎた真似を致しましたどうぞお話を続けて下さい女王様」
「…でもね、女は唇の横だとしても嫌なのよ。自分の男が他の女に触れるなんて、ましてや唇で」

こめかみを押さえて彼女が苦しそうに眼を伏せる。その眼には涙が滲んでいるようにも見えた。
あ、俺悪いことした。
その姿を見て「傷付けてしまった」、それだけが他の事を考えさせまいと思考回路を蹂躙する。
彼女が口を開いて次の小言を吐き出す瞬間、立ち上がって押さえ込むようにぎゅうと抱き締めた。
トトト、トトト、と彼女の速い心音が直に感じられて、そうさせたのは自分なのだと教え込むように更にきつく抱き締める。
彼女に一時でも辛い思いをさせた事への謝罪のつもりでひたすら無言で抱き続けると、おそるおそる彼女の手が背中に回って、ぎゅうとシャツが掴まれた感覚がした。
許してくれたの?彼女に優しい声音で問うと、まだよ、と蚊の鳴くような声がした。

「私が納得いくまで離さないからね」
「いいけど、一応聞いとくけどさあ、門限何時だっけ?」
「…今日は家に誰も居ないの」
「――それってさあ、誘ってる?」
「さあね」

ようやく笑ってくれた彼女の頬に口付けを落として、そのまま倒れ込むように優しく押し倒した。
「もうするの?」クスクス吐息を漏らして彼女が微笑んでいる。先程までの冷たい空気はどこへやら、纏う雰囲気は艶やかだった。
晒された白い首筋に吸いついて何個も痕を散らし、今度は唇に深い深い口付けをする。
滴る銀糸を舐め取る彼女は目を背けたくなるほど妖艶で思わずごくりと喉が鳴った。

「やーね、気早いんだから」
「…誰のせいだよ、誰の」
「――千景、私以外にこんなことしてたら、次は無いからね」

絶え間なく降る口付けの合間、息も切れ切れに彼女がそんな事を言うので掻き抱くようにしてもう一度とびきり甘いキスをしておいた。


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