かんかんかん。塗装の剥げた鉄製の階段に、わざと靴角をぶつけて音高に上る。
帰ってくる途中に寄った近くのコンビニの袋を後ろ手に、鍵の掛かってないドアの隙間に頭だけを潜り込ませ部屋の中を窺う。静かで薄暗かった。誰もいないのか(正確には誰か、ではなく俺が期待するのはたった一人だ)。




リビングに足を踏み入れると、いないと思っていた人物をみつけることができた。

「臨也、来てたのか」

嬉しさのあまり飛びつきたい衝動に駆られたが、テレビのリモコンを投げる構えをされたので仕方なく諦めた。リモコンは一度壊れたら買い換えるしか手がなくなるからだ。薄給の俺には食費と光熱費以外は痛手でしかない。
俺が大人しく直立したのを注意深く眺め、ソファーの背から顔だけを覗かせた臨也(この猫のような可愛さがたまらない)は憤懣やるかたないといった風にソファーを力強く叩いた。

「シズちゃん! いつも言ってるけど、階段の音うるさいよ! わざとやってるでしょ。昼寝してたのに! 出迎えてほしいのか知らないけど、毎度毎度やめてよね」

なにこのソファー、ちょっと叩いただけでいっぱい埃でてきたよ、そう言って咳き込むドジな臨也の可愛さたるや。俺の掃除無精が役に立った。とても喜ばしいことだ。
赤に涙を滲ませ咳き込み唸る臨也に、後ろ手に隠していたコンビニ袋の中からいちごアイスを取り出して掲げてみせた。

「シズちゃん、それ……!」

目を輝かせる臨也に手の平を向け待てと合図し、自分用に買ったプリンも取り出して臨也の隣に腰を落ち着けた。
簡易スプーンも添えて渡してやると、興奮に体を揺らす臨也はまるで幼い子どものようで。

「シズちゃん、いちごアイス! おいしい! 好き!」
「ん、よかったな」

単語だけで、わたわたと腕を振りながらアイスの素晴らしさを訴える臨也に愛しさが募る。けれど、この「好き」の対象はおそらく俺ではなくアイスなのだ。とてつもなく大きな後悔と嫉妬が喉を押し上げたが、たかがアイス。プリンと臨也の可愛さに免じて許してやろう。それにもしここで俺がなんらかの癇癪や行動を起こしたとしても、臨也からの対応は良くてスルー、アイスに夢中な臨也には相手にもされないだろう。

「プリン、ひとくちいるか?」

さっきからちらちらとこちらを窺う臨也が気になって、あわよくば間接キスと企みを含んでスプーンに大きく掬った揺れる黄色を差し出せば、アイスを口に入れたまま首を振る。嫌いってわけではなかったよな(俺が臨也の好き嫌いを間違えるわけがない)と一人心中で確認していれば、

「シズちゃん、プリン食べてるときすごく嬉しそう。ちっちゃい子みたいで、ちょっと可愛い」

臨也はふにゃりと笑って言った。幸せそうな笑みだった、俺の脳が融けるほどの可愛さを孕んでいた。
そんな臨也に本能を刺激された俺はたまらなくなって、キスなりなんなりしてやろうと向き直れば、アイスを食べ終えたのか、容器の代わりにもぞもぞとブランケットを掴んで手繰り寄せていた。
それを見て直感的に、状況は俺の望ましくない流れになっていることを悟ったが、どうにも諦めきれず呼びかけた。なにもしなければ坂を下る石のようになってしまうと思ったから。

「いざや…?なにしてんだ?」
「なにって、シズちゃんに邪魔された昼寝の続き。なにもないのに起こさないでね。なにかあっても起こさないで。あ、アイスごちそうさま」

それを最後に、臨也は宣言通りブランケットに丸まって眠ってしまった。ほどなくして安らかな寝息もきこえてきた。ああ、臨也の寝顔は相変わらず可愛いけれど、一度本能に屈服してしまったこの体の衝動をどうしろと言うのか。天使の寝顔は俺の熱を冷ますどころか、拍車をかけていくばかりだ。
もしキスしたいがために臨也を起こそうものなら、俺は一体どうすれば臨也の機嫌を直せるだろう。

「んな方法、みつかるわけねえだろうが……」

なにひとつ思い浮かばないようでは、俺もまだまだということらしい。一人寂しく呟いた言葉は何にも拾われず、空気に溶けていった。



きみ攻略マニュアル


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