森山中編 | ナノ

だって私は一度も

「tip off!」



うおおおおおおという歓声とともに試合が始まった。
コートには青と白。
高校バスケ神奈川県大会初戦が今、始まった。
昔からバスケの応援には良く来ている。なぜなら私の片思いしている人間がバスケットマンだからだ。その相手は海常高校三年森山由考である。
中学一年のころから好きだ。もう六年もたってしまった。長い、長すぎる。六年間もあんな男に捧げてきたこの事実に若干バカらしく思ってきたのが最近だ。なぜかというと森山という男はかわいい女の子が大好きなのである。どこにいてもすぐにかわいい女の子を見つけようとする。



それは試合前も変わらない。
本日もいつもと変わらず会場に入るなり全体を見渡した。
その視線は私の元で止まるわけもなく、向かい(今回の対戦相手の応援席)に座るポニーテールをしている女の元で止まった。
今回のターゲットは彼女らしい。


彼ら海常高校バスケ部の勝利は森山の目に留まった彼女に捧げられることになる。あいつはかわいい女の子のために試合を頑張るのだ。お前なんか眼中にねえのに。あんなのお前の勝利の女神でもなんでもないのに。バカじゃねえの。


……バカは私か。眼中にないのは私だ。
腐れ縁というやつで(まあ、実際はアイツが海常に行くと聞いてわざわざこの高校を受験したのだが)かれこれ六年、時間をともにしている。
しかし、その六年間一度も奴は私のことを「かわいい」と言った事はなかった。これだけで分かる。私はアイツの眼中にない。さっさと諦めて次の恋をすべきだと。
だが、それができていない。一体いつになったらアイツのことを忘れられるのだろうか。


そうそう海常高校のバスケ部の実力といえばここ神奈川県では敵なしだ。所謂強豪校。全国大会は常連。そしてなんといっても今年はあのキセキの世代がいる。
キセキの世代。バスケ関係者なら知らない人はいない。そのキセキの世代の黄瀬涼太が今年は海常高校にいる。そして、その黄瀬涼太の影響か一回戦だというのにギャラリーが多い。去年まではこんなのじゃなかったぞ。黄瀬恐るべし。
こんだけ人がいりゃ森山の目に留まる奴も多いよな。あー羨ましい。



あ、森山がボールを持った。
そのボールはすぐに森山の手から離れゴールに入った。
相変わらず変なフォームだ。お前くらいだぞそんなフォームで投げるの。










そんなこんなで危ない場面もなく海常高校は初戦を勝ち抜いた。











試合が終わってから私はいつものように、会場を出てすぐのところで一人で立っていた。
今から試合を見に行く人、お目当ての試合が終わり帰る人。人で溢れかえっているが、私はここでぼーっと立つ。なぜなら



「お!ここにいたか」
「お疲れ」



森山が必ず私を探し出してくれるからだ。
試合が終わると必ず私と一緒に帰ることになっている。これは中学のときから絶対にしていることだ。森山の方を向くと他の海常の選手達もいた



「皆さん、一回戦突破おめでとうございます」
「あ!ミョウジ先輩来ていたんスね!」
「黄瀬今日も沢山シュート決めていたね!さすがだな!」
「ミョウジいつも来てくれてありがとうな」
「あはは、こっちこそすげー試合見せてくれてありがとう、小堀」
「またよかった(ら)きてください!」
「おう!明日もくるつもりだよ!早川」



公式戦は必ず行くようにしているので、二、三年の中には私のことを知っている人も多い。
先週試合前だからということで差し入れも持っていったので、黄瀬にも私は認知されている。本当はキャプテンの笠松とも話してみたいんだが話せたことはない。たまにメールで「いつも差し入れありがとう」とくることはあるが、なにぶん極度の上がり症らしく話すことはない。森山は「女じゃないから大丈夫だよ」とかなんとか失礼なことをそのとき言いやがっていたな。



「そろそろ帰るよ」
「はーい!じゃあ、皆さん明日も見にきますね!頑張ってください!お先に失礼します!」



私は海常の選手達に頭を下げ、先に歩いていった森山を追いかけた
















「今日、ポニテの女の子だっけ?」
「ん?あーやっぱ分かる?」
「そりゃ分かりやすいからな」
「彼女こそ俺の運命の相手だと思っていたんだが、試合が終わると見つからなくてな、せめて名前だけでも聞きたかった」
「はいはい、一体お前の運命の相手は何人いるんだか」
「世に溢れる素敵な女性は皆運命の相手さ」
「きっも」
「相変わらず冷たいな」
「そりゃ冷たくもなるわ。こんな気持ち悪いやつが幼馴染とは、全く運命とはよく言ったものだよ」



それからもなんだかんだ森山の趣味の女の話を聞かされながら歩いた。
どうせならもっと楽しくなる話しろよな。どんどん悲しくなるじゃないか。



「そこで出会った運命の女性は本当に可憐で」
「なあ」
「ん?」
「私はその運命の女性とやらに当てはまらないのか?」




ついに
やってしまった。
今まで一回もつっこまなかったのに。
この六年間そんなこと一回もつっこまなかった。なぜなら私のことかわいいって言ったことがないから……答えは明白じゃないか。私はあいつにとってそういう対象じゃない。何を考えてんだ私は!
しかも森山も黙るなよ!!この沈黙どうしてくれんだよ



「悪い今の忘れ「お前が運命の相手!?それはないだろー!」



そういって声高らかに私のことを否定した



「まずしゃべり方から直してきたまえ」
「はいはい悪かったな女ぽくなくって!!!」



ああ、どうしようなんだか泣きそうだ。
分かっていたよ、分かってはいたけど、そうだよ、分かってはいたんだよ、でも、こう言葉として直接否定されるときついところがあるな。
ああ、私のばか。どうしろってんだ。



「よし、私の家まであと少しだし、今日はここまででいいよ」
「なに言ってんだ?いっつもみたいに送るって」
「いい!今日はもう、ここでいい!!!」



半ば森山を強引に無視し家まで走った。
久しぶりに全力疾走なるものをした。
不思議がられてないだろうか。
ああ、ないか。あいつにとって私は眼中にないもんな。意識されていなけりゃ見られてもいないんだ。まず女じゃないらしい。はいはい分かってましたよ。
くっそ、くっそ。
ああ、もういいよ、諦めるよ、諦めればいいんだろ。知っているよ。六年とかバカだわ、最初から結果見えてたじゃん。






←|


戻る
- ナノ -