14 奥のステージから外側に行くにつれて高くなるゲスト席──薄暗い会場にエルヴィンとリヴァイはローブを着こんで出席していた。受付をした時にもらった案内には本日競りにかけられる人間の特徴が書いてある。女八人と男三人、それと目玉商品が二つ、どうやら東洋人の血が混じった人間が競りにかけられるらしい。 より高額で買ってもらえるよう目玉商品の情報が出されて人が集められていたため広い会場は超満員だ。 「──皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます」 顔が割れないよう面をした司会が中央へ進み出て一礼する。そのまましばらく注意事項とオークションの流れ、本日のラインナップが説明されて、それが終わると司会は「では皆様お楽しみください」との言葉を残してステージの隅に移動した。 ゴロゴロと音を立てて十一の人が入った檻と布がかけられた大きめの檻がゲストから見てステージの奥の方に運ばれてくる。 前に十一の檻が、後ろに大きめの檻が並べられて、その日のオークションが始まった。 「えー、ではエントリーナンバー1は十代後半の女でございます。髪は明るい金、目の色は青。他より肉付きが悪いところはありますが従順で扱いやすい商品──さぁ、いかがでしょう!」 司会の言葉にゲストから次々と値段の書かれた札が挙げられていく。 エルヴィンは身を屈めて隣に座るリヴァイに小さく口を開いた。 「標的は十代前半の黒髪で間違いないな」 「あぁ。それらしいのが五番と七番にいるが・・・この距離じゃ分かりづらいな」 札が上がり落札者が決まっていく中、険しい表情でステージを睨む二人。リヴァイの言う五番と七番も順番が回ってきたがいまいちこれだという決定打がなく手元の札とペンは使われないままだった。 さてどうするか。うかつに安くない金銭を払って使えない人間を引き取るわけにはいかないが、かといってせっかくのチャンスは無駄にしたくない。 最悪落札者から攫うしかないんじゃなかろうか。 そんな物騒な事を考える二人だがそうこうしているうちに十一人全員の競りが終わったらしい。遂に目玉商品に入るという事で司会者が再び前に出てきた。 「さてさて皆様お待ちかね。ここからが本番です。本日の一つ目の目玉商品をご紹介しましょう!」 盛り上がり気味な司会の言葉で後ろに置いてあった布が被せられた檻が前に出てくる。ゲスト達もこれが目的だったと身を乗り出した。 被せられていた布に手を掛けながら司会者が声高に商品の説明をし出す。 「皆様も既にご存知かと思いますがこれから紹介するのは東洋の血が混ざった若い女でございます。 ──ではご覧ください!」 バッと取られた布の先、檻に入った黒髪の女に会場が湧いた。東洋人特有の黒の髪と黄みがかった肌色は希少価値の高い代物だ。 しかも── 「おいこの場合はどうすんだよ、エルヴィン・・・」 「よりにもよって東洋人の血が混ざっている子だとは・・・」 首に掛かったままのファミリーの一員である証。ここにきて決定打があったが目玉商品という事は値が高くなり兵団の予算から出すには無理が出てくる。 これは想定外だ。 「肉付きがよく知性もあるため玩具としてだけでなく外に連れ出すことも出来るでしょう。まだ若いので今から躾けておけば将来が楽しみな一品です。 ここまでのものは中々出回りませんよ。さぁいかがでしょう!」 その言葉が出るや否や続々と値が上がっていく。流石東洋人の血、先程までの商品とは桁が違った。女一人にここまでの額を払えるなら是非とも調査兵団に支給してもらいたいものだ。 商品として舞台の上にいる女の子はこの状況でも取り乱すことなく、かといって諦めた様子でもなく、落ち着いた表情で興味深そうにゲスト席を見渡していた。 流石ファミリーの“ビショップ”で先日リヴァイ達が出会った少年達の仲間。肝が据わっている。 「・・・これだけ値が上がっては私達が落とすのは無理だな」 「帰りに攫って行くか」 「あぁ」 「──もう上がらないようですね。ではこちらの商品、十四番の方で決定いたします!」 決定が下されて二人が“ビショップ”を落札した十四番を見る。嬉しそうに声を上げて笑うのはもう良い歳の肥えた男だった。 あんなのの玩具になるよりかは例え取引材料や戦力に使われるのだとしても調査兵団に身を置いた方が良い。 自分だったら絶対そう思うだろうなとリヴァイは少女に同情して小さくため息を吐く。 「さて皆様、十二分に盛り上がりまして非常に嬉しい限りでございます。しかしこれで終わりではありませんからね。 最後の最後に、一番良い商品を残しております。皆様の期待を裏切らないことをお約束しましょう!」 白熱した雰囲気が冷めぬうちにと司会者が声高に宣言して、そしてついに最後の一つ、先程の混血の少女よりもさらに飾り立てられた布を被った檻が前に出てきた。 もったいぶった所作で布を掴むと一度会場を見渡す司会者。その様子に余程のものが出てくるのかとゲスト達も興味津々でステージの中心に注目した。 「長くこのオークションを贔屓にしてくださっている方も多々見受けられますが、本日のこの商品は過去最高のものになるでしょう・・・これを手中に収める機会を手にしたゲストの皆様はとてもツイていらっしゃる。 ──では参りますよ・・・オープン!」 勢いよく引っ張られて宙を舞う布の向こう。 癖のない黒髪に黒の双眼、白くとも黄みがかった肌、彫りが浅く幼く見える顔立ち、小柄で華奢な体型──これぞ東洋人だ。 認識したゲスト達がざわつき始める。 そんな中、ガタリと椅子を引く音がした。 周りが目を向ければフードを目深に被った者が立ち上がってステージを見ている。 「(何やってんだあの女・・・!)」 それは檻の中にいる東洋人とあまりよろしくない思い出があるリヴァイだった。 彼の知っている純血の東洋人といえばたった一人なわけで、そして隣の珍しく驚いた表情を面に出しているエルヴィンも一応知り合いなわけで、 「・・・まさかこんな展開があるとは」 二人にとっては鶏飼いであり色々と秘密の多い人物だという認識の、ツバキだった。 我に返ったリヴァイが周りに一言謝罪を入れて座る。 特に気にした様子ではない司会者は仮面の下で満足げに会場の様子を堪能して、程よく間をとってから「いかがでしょう」と重々しく言いながら会場を見渡した。 「正真正銘の東洋人、純血です。本当に皆様は運が良い・・・この機会を逃してしまってはこの先いくら金を積んでも手に入ることはないでしょう。わたくし共といたしましても皆様にこの商品を送り出せることは商人冥利に尽きる所存でございます・・・。 ──さぁさぁさぁ!誰も持っていない東洋の真珠を手に入れられるのは本日この会場にいる貴方方だけです!どうぞ!」 その合図と共に勢いよく金額の書かれた札が上がっていく。司会者の『この機会を逃しては金を積んでも手に入らない』や『誰も持っていない』という言葉がゲスト達の心に深く刺さったのだろう。あっという間にとんでもない額が飛び出てきて、それでもさらに上書きされていく。 「おいおいおい、何捕まってんだあのクソ女」 「本当に地下街にいるとはね・・・リヴァイから逃げきった彼女をどうやって捕まえたのか、気になるところだ」 「ンなこと言ってる場合か。どうすんだ」 ここにきて標的が二つになってしまった。オークションが終わり落札者が商品を持って帰るまでに計画を練り直して二人を手に入れなければならない。 「二手に分かれて回収するか。あとで地下街の出入り口かどこかで待ち合わせりゃいい」 「いや、事が大きくなる前に撤退した方が良い。オークションが終わって彼女達が一旦裏に戻されたところを叩こう。二人共いっぺんに回収して騒ぎになる前に地上に戻る」 次々と金額が塗り替えられていく様を眺めながら、二人は周りに気付かれないようこの後の動きについて打ち合わせを続けた。 [ back ] |