その後のお話(勘ちゃん視点)


※勘右衛門視点。ifというか後日談になりますすいません。



同学年のくのたまに、あまりにも強い女がいる。美しさが利発さが鋭さが、すべてが強さに結び付いている女だ。

数ヵ月前の天女追放の主力要員であったらしいと、まことしやかに流れている噂を勘右衛門は耳にしていた。そしてそれよりも声を大にして、彼女も天女ではないかという話は学園で知られている。


女――――瓜貝さんが天女であったジュネさんと同じ世からやってきた人間で、言葉を当てはめれば異世界人という人であることは既に周知の事実だった。

それは全てが数ヵ月前の追放の際に明らかになったことだったが、それの詳細を勘右衛門は知らなかった。すべては五年生が不在の時に行われたからだった。実習にて学園を空けた一晩で、追放は遂行され完了されていた。
そしてそう、追放の次の日からだ。彼女に関する様々な噂が飛び交うようになったのは。


その彼女の特殊な生い立ちや追放の主力要員であったという話は、忍たまを彼女から遠ざけた。
それだけではない。
くのたまも、ジュネさんのようなことになってはたまらないと、彼女に危機感を持ち離れた。それでも彼女は気丈だった。普段とまるで変わらずに学問に励み、実技を完璧にこなし、そして何よりも美しくなった。

それは孤独のなせるものかと、はじめ勘右衛門は思っていた。

彼女が一人になってから、隙を見せるものかと張り詰めるその空気が、少しでも叩けば壊れるようなその鋭さが、彼女を美しくするのだと思ったからだ。


しかしどうやら、それは彼の勘違いであったらしい。
周りに人が戻ってきても、その美しさは衰えなかったのだ。







「瓜貝さん、調子はどう?」
「…尾浜。まあまあね」
「それは、元通りの生活が戻ってきたから?」


人の噂も七十五日とはよくいったもので、彼女の周りには元通り人が戻り始めていた。
楽しそうにくのたまの面々と歩いているのも、勘右衛門は何度か見かけていた。
勘右衛門の問いに、緑子はまるで心外だと言わんばかりに肩を竦めた。

「まさか」

その自然な動作さえ、無駄な肉を落として美しさを磨いた身体の、変わらない洗練さを引き立てている。

彼女の美しさは、日常が戻ってきても変わらなかった。

周りに人間が戻ってきても、その張り詰めた美しさは衰えず、逆に勢いを増しているようにさえ見えた。

「でも、やっぱり周りに人が戻ってくることに悪い気はしないよね?」
「……まあ思う存分忍たまの悪態を言い合えるのは素敵ね」
「……なるほど悪口が一流になったね」
「それはくのたまじゃなくて、あなたの影響よ」
「わあ、心外だなあ」

勘右衛門は皆が離れていく中で唯一彼女に歩み寄った人間だった。それは同情ではなく単に嗜好の問題だ。

彼は美しいものが好きだ。そして自分の価値観に絶対的な自信を持っている。

美しいというその点ではジュネさんのことも嫌いでは無かったが、しかし彼の好む美しさとジュネさんは違っていた。天女と呼ばれたその少女はふわふわとした綿菓子のようにぎゅうと潰されて壊れるような美しさを持っていて、それはどうやら勘右衛門の嗜好とは一致しなかったのだ。

そして、そんな彼が久方ぶりに美しいと感じたのが、瓜貝緑子だった。

天女追放の次の日、噂の的となっている彼女をたまたま見つけて、そして驚いた。
脆くていまにも壊れそうに見えるのに、ギリギリのところで美しさを保っている。
そんな彼女は勘右衛門の言葉に片眉をあげてみせた。

「心外?笑いながら毒を吐く人がよくいうわ」
「やだなあ、受け取る側の勝手なイメージでしょ」

離れていく周りに反して唯一歩み寄った勘右衛門に、緑子は不思議がってはいたが拒みはしなかった。そんな勘右衛門のことを彼女がどう思っているかはわからなかったが、しかし彼女の唯一の話し相手であるのだから、案外嫌がってはいないのではないかと勘右衛門は思っている。

彼の言葉には返事をせずに、緑子は先程まで使っていたであろう忍具を片付け始めた。よく手入れされたそれは、日の光を反射して美しく光っている。

「毎日研いでるの?」

純粋な疑問を声に出すと、緑子はちらりと勘右衛門のほうを見た。

「宮大工のカンナと一緒」
「え?」
「カンナ。鰹節のように薄く切られた木に感動しているようでは駄目なの。大事なのは太く残っているほう。その削られた表面があまりにも滑らかで、覗き込めば顔がうつるほどなのが一流の職人。そしてそういう人は、仕事をしていないときは何時だって道具を磨いてる」
「……つまり?」
「それぐらい忍術に打ち込めばいいと思ってた。鏡の役割を果たすほどになるように、私も強くなれば、全部うまくいくって」

思っていた。過去形だ。つまり今は違うということか。その疑問に先回りして、彼女は口を開いた。

「……一人になって、いろいろ考える時間ができるとね。淋しさがやっとわかった気がしたの」
「寂しさ?」
「慣れていたつもりだった。私は異端児で、皆とは違うことにはね。だから懸命に強くなろうと毎日頑張って、強くなって、そしたらたくさんの友人ができた」

あの時までは、私にはたくさんの友人がいたわ。皮肉るように彼女は言った。

「でも私の周りに集まってきた人たちは皆、今回のことですぐに私から離れた。
――――強さは、私の出生が皆とは異なるというどうでもいい事実にさえ勝てなかった」

そんな下らないことに、私の強さは負けたの。馬鹿みたいでしょうと彼女は笑った。道具を全て片付け終え、ゆるりと顔を勘右衛門のほうに向けた。

「周りに人が一杯いても、私はいつでも一人だって思ってた。私は皆と違うから。悲しい。寂しい。そう思ってた。でも違った。人がいなくなってよく分かったの。いつでも周りに人がいて、寂しくなんてなかったのかもしれない」

――――驕っていたの。

そう自嘲する彼女は本当に寂しそうに笑った。


ああ、と勘右衛門は思った。自分が美しいと思えるものが分かったのだ。
人は誰しも、少なからず驕りを持っている。
私は強い。私は美しい。私はか弱い。私は寂しい。

そしてその驕りにはいつも、言い訳がくっついてくる。

私はか弱い。だから守られるのは当たり前でしょう。それが天女さま。
私は強い。だから周りに人が集まるのは当たり前でしょう。それが前までの瓜貝緑子。


それが、勘右衛門は気にいらなかったのだ。その言い訳が好きでなく、それを持つ人間が嫌で、逆に持たない人間が美しく思えたのだ。

そして今、驕りを捨ててありのままの自分をさらけだした彼女は本当の意味で強く、美しく思えた。
その時、遠くからくのたまのよく響く声が聞こえてきた。

「緑子ー!忍たまなんかと話してないで町に行きましょうよ!」

それに緑子も返事をする。

「ええ!今支度するわ!」

大声で叫び返しながら、緑子は勘右衛門のほうを見た。

「何か変わったわけでもないのに、私、今ほど嬉しくて、幸せだと感じるときってないの」

その顔に、一瞬だけ少女としての柔らかな笑みが浮かんだのは、きっと見間違いではない。




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