働かざる者が食っている


「どうして先輩方はジュネさんの護衛をするんですか?」

神崎左門が口を開いて、田村三木エ門は会計の帳簿に文字を記入する手を止めた。もしもここに潮江先輩がいたら私語は慎めと言われるところだが、今日彼は一谷ジュネさんの護衛ということで委員会を欠席していた。風邪をひいていたとしても出席する先輩が欠席をすることに、田村は内心かなり驚いた。

左門の手は止まっていた。帳簿のページの残り具合からするに、全然進んではいないらしい。左門は一つの考え事をすると納得するまで他のことができなくなる性格である。それを知っている三木エ門は、左門の言葉に真面目に返事をした。

「くのたまからいつ何時危害を加えられるか分からないからだと、潮江先輩がおっしゃっていただろう」
「でも、どうしてくのたまが危害を加えるんですか?」
「ジュネさんを僻むからだろう」
「でも、ジュネさんに護衛をつける前も、くのたまは何もしていませんでした。先輩方が何人も護衛する必要はあるのですか」

左門は引き下がらず、三木エ門は戸惑った。いつの間にか一年生も興味津津と言った様子で、帳簿を書く手を止めて三木エ門を見つめている。

「は組でもそれ、話題に上がりました」
「い組でもです」

団蔵と佐吉が口を揃えてそう言ったことに、三木エ門は驚いた。どうやら下級生たちは皆、そんな疑問を抱きはじめているらしかった。
護衛をする必要があるのか。くのたまは危害を加えようとしているのか。三木エ門はそんなことを自分が考えたことがなかったことに気がついた。先輩がそう言うものだから、その話を鵜呑みにしてしまっていたのである。

「潮江先輩にとって、彼女の護衛は委員会よりも重要なのでしょうか」

左門のその疑問に、三木エ門はそうだと思った。彼が今まで委員会を休んだことは一度もない。初めて欠席したのが、ジュネさんの護衛のためだった。しばらく前から護衛をつけているらしかったが、くのたまの襲撃の話などは一度も聞いていない。

「それに、彼女を守ったって、忍術学園には何らいいことはないと、皆言っています」

左門の言葉に、一年生も顔を見合せながら小さく頷いていた。護衛したって忍術の勉強になるわけじゃないもんね、と小さな声で話すのが聞こえた。
勉強のためでなく、彼女のために守るのだ。そう台詞を発しようとして、三木エ門はある疑問に気がついた。

――彼女を、守る必要はあるのだろうか?

彼女は、異世界人であるし美しくもあるが、身体のつくりは自分たちと何ら変わらず、ましてや自分たちと何か違ったことができるわけでもない。ただの、少女だ。おずおずと、団蔵が口を開いた。

「きり丸は、怒ってました。どうして働いてもいない女が、俺が一生懸命に稼いだ学費で飯を食ってるんだって」

働かざる者食うべからず。当たり前のことである。三木エ門は衝撃を受けた。そうだ。彼女が忍術学園にいることに、守られていることに、一体何の意味があるのだろう。
自分でそう考えて、答えを探す。

――何の、意味もない。

左門が最初に発したのと同じ疑問が、三木エ門の中にも溢れてきた。どうしてジュネさんの護衛をするのだ。




―――――




「四年生は低学年からの意見を受け入れやすい立場にあり、半数ほどは少しずつ一谷ジュネから気持ちが離れて行っている模様。しかし五年、六年はやはり決心も固く、付け入る隙がまだ見つかっておりません。作戦を懐柔から、潜入に切り替えます」



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