バカでぶりっこ

大の大人が酔っ払って、目の前でえんえんと泣きじゃくっている。それを見て不動はため息を吐いた。
顔をぐちゃぐちゃにして泣く女、紫色は、不動の暮らすサッカー部の寮にいきなり押し掛けてきては隣部屋に迷惑な音量で泣いている。
ドアの外には好奇心で貼り付いている人々の気配がして、それも不動の呆れを増加させた。


「…何しに来たわけ?」
「うあーん…!明王ちゃんまで冷たくする…っもうやだあ!」
「冷たくしてねえだろ!訳を聞いてんだよ」


ビービーと泣く紫色は、とても泣き止みそうになかった。



ことの発端は、つい十分前に不動にかかってきた電話である。その電話の時から紫色は涙声で、何かがあったことが容易に想像はできていた。
しかし不動がおざなりな対応をしていたせいなのか、彼女は次第に怒りだし、そして電話をぶち切ったと思ったら、寮にやってきていたというわけである。
開放的な寮のために来客や外出は自由だが、いかんせん時間が深夜帯であり、非常識極まりない。




鼻をぐしゅぐじゅと言わせながら、紫色は未だに落ち着く気配を見せなかった。

阿呆な大人は幼稚園児である。不動は紫色と知り合ってから学んでいた。


「明王ちゃんのばかぁーとんまあ…はげ!」
「はげてねえ!」


はげ、と言われたことよりも、ドアの外から聞こえてくる笑い声が不動の羞恥心を刺激した。


「とりあえず泣き止め、うるせえだろ」
「う゛ー、むり…」
「無理じゃねえ。深呼吸しろ、ほら」


吸って、吐いて。
紫色の背中を擦りながら、不動はやはりこの女が自分よりも年上なのはおかしいと思った。一体どこの社会人が中学生に慰めて貰うのだ。


彼女の泣く声がしゃくりあげる音にかわり、鼻をすんすんとすすり始めるまでになるにはかなりの時間を要した。

大分落ち着くまで待って、不動は聞いた。


「何があったんだよ」
「…………話したくなあい」


青筋を立てたくなるのを不動はどうにか止めた。これだけ泣きまくり迷惑をかけた挙句、目の前の女は理由を言わないつもりなのか。


「会社で嫌なことでもあったのか?」
「…そんなのいつもですぅ」
「ダチとケンカかよ」
「………」
「それかよ」

押し黙ってしまった紫色はかなり分かりやすく表情に表した。
唇を山形にひん曲げて彼女は剥れる。



「………あたしはバカでぶりっこだから嫌いなんだってえ」


ぽつりと彼女が呟いた。
確かに彼女は変わっている。我が強いし自分の意見は曲げない。けれど、それは自分の言葉に自信と裏付けを持っているからなせる技だ。
彼女は決して馬鹿ではない。自分が馬鹿に見られていることを十分承知して、その上でそのままの自分を変えずにまっすぐに生きている。



「別に友達だとは思ってなかったし。この頃ちょっと仲良くなっただけだったしぃ」



それをわかっていて彼女がこうして泣くのは、すぐに人を信じるからだ。少し話しただけの人を信じる。優しくされたら信じる。

けれどこの性格だから彼女のような人種を苦手とする多くの人には受け入れてもらえない。

スン、と紫色は鼻を啜った。



「……会社のやつ?」
「友達の友達」
「じゃあアドレス消しとけ。忘れろ」
「……出会い系にアドレス晒してやりたい」
「本気でしてえならすれば?」
「…しないわよォ」


紫色は鞄から携帯を取り出して、どうやらアドレスを消去したらしかった。それから大きく深呼吸する。

「泣いたら疲れたあ」
「自業自得だろ」
「全身だるい。目の上が痛い。喉乾いた」
「知るか」
「明王ちゃんひっどい!」


そういいながら紫色はくすくすと、小さく笑った。そしてすくっと立ち上がる。


「今日はもう帰るねぇ」

またねぇ、と彼女は言った。


「聞いてもらって楽になったよぉ。明王ちゃんだあい好き!」
「おー…」

不動の呆れたような返事に、紫色は嬉しそうに笑った。




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