「街角アンケートです!」

今度こそ、と乱太郎は声を出した。今のところ空振りだった。十人、二十人、三十人。思った通りこの学校には沢山の知り合いだった人がいる。
ほとんどの人は中学一年生と言う高校生から見たら子どもである乱太郎のアンケート用紙を受け取って、さらさらと書いてくれた。しかしそれだけだ。それ以上になることは、一つもなかった。

悲しさでジワリと涙が滲みそうになる。けれども泣いたって意味がないことくらいはとっくに学習していたし、涙を拭ってアンケート用紙を差しだした。今声を掛けたのは、ふわふわの髪の毛とくりんとした瞳が特徴的な、ネームプレートに綾部と書かれた青年だった。その横には少女が立っている。

「僕は猪名寺乱太郎と言います。総合の授業で、僕は人間の前世について調べることにしました。そこで多くの人の意見を聞くために、アンケートを行っています。ご協力をお願いします」

そう言うと、綾部はじいっと、五秒ほど乱太郎の顔を見つめてから、横に立っている少女の顔を見た。少女のネームプレートには人参という名前が書いてある。関わったことは無かった気がするが、見たことのある人だった。
綾部は乱太郎の手からアンケート用紙を受け取って、すらすらと何かを書きはじめた。彼が何か言葉を発することはなく、横の人参という人もその手元を覗きこんで、二人で小声で話しながら書いていく。特に乱太郎に何か言うと言うこともなかった。ときどき人参がペンを握ったりもしていたが、そのまま何か言うこともなく、ペンによって黒くなったアンケート用紙は乱太郎の手元に戻ってきた。

「アンケート、頑張ってね」

人参さんがそう言葉を発して、そして二人はそのまま乱太郎の元から去った。今回も駄目だったかと手渡されたアンケート用紙に視線を落とす。

名前の欄には綾部喜八郎、と知った名前がくっきりと描かれていた。性別や年齢の欄を飛ばして、そして質問の欄を覗きこんで、乱太郎は目を見開いた。
え、と思わず声を漏らす。


Q1.あなたは前世を信じますか?
――信じます。

Q2.Q1でどうしてそのような答えにしたのか、理由をお書きください。
――自分に、前世が有ったから。

…………

Q10.その他なにかございましたらお書きください。
――私たちの前世は、忍者でした。



バッと顔を上げても、もうすでに彼らはいなかった。きょろきょろと辺りを見回す。まるで叫びだしたいような踊りだしたいような笑いだしたいようなそんな気分が乱太郎に押し寄せてきて、それらが全部一緒になって、乱太郎の目から、ぽろりと一粒の涙がこぼれた。感極まったのだ。



「乱太郎!大丈夫?」
「おい、なんかあったのか?」
「しんべえ、きりちゃん。ごめんごめん、目にゴミが入ってさ」

近くで他にアンケートを取っていた二人が、乱太郎の様子を心配して駆けてきた。それに笑顔を作って答えると、二人は安堵のため息をついた。

「前世についてなんて突拍子もないテーマでアンケートしてるからさ、馬鹿にされて泣いたのかと思ったじゃねえか」
「本当だよ」
「やだなあ。そんなわけないじゃない」

乱太郎を純粋に心配する二人のアンケートはそれぞれ、“あなたのお金の使い方は?”と“一番おいしい食べ物はなにか?”である。性格は、根本的なところは何も変わっていなかった。
今だって昔と変わらず、乱太郎は彼らのことを親友だと思っているし心から好きだ。

けれど、どうにも埋められない心の穴が有った。大好きな親友たちでは埋められない心の穴が。それを持ったまま、乱太郎は13年近い月日を過ごしてきた。何度も諦めかけ、絶望したこともあった。それでも諦めきれず、こうして縋りついて探してきた。

そして今日、と乱太郎は思った。手に持ったアンケート用紙がくしゃりと手の中で皺をつくる。
このアンケート用紙は、さっき、書かれたのだ。乱太郎の目の前で。初めて会ったはずの、でもそうではない人が、アンケートの本当の意味を理解して、書いてくれたのだ。

こんなに嬉しいことはない。今日、心の穴は埋まったのだ。

「さあ、きりちゃん、しんべえ!早くアンケートを終わらせよう!」
「何だよ、機嫌いいな」

はやる気持ちを抑えながら、乱太郎は今にも踊りだしそうな軽いステップで、アンケートにご協力をお願いします、と見知らぬ人に声を掛けた。