「唐辛、君はいったい何がしたいんだい?」

 僕は思わず彼女の次の台詞を遮ってまで声を発した。唐辛は開きかけた口を閉じて、まじまじと僕の顔を見つめる。
 質問の意図に気付くだろうか。僕は、君達は、ではなくて君は、と問いかけたのだ。
 そうだなあ、と唐辛は考えるそぶりをする。彼女の髪はさらさらと揺れていた。漆黒のそれは、遠目でみても美しさと気品を感じさせた。


「例えば、綾瀬川五席には、なによりも大事なものってありますか」
「なによりも…?」
「そうです。自分の世界の中で、手放すことは命を落とすのと同じくらいに大切だと思えるものです。なかったらわからないかもしれません。私には、あるんです。自分の中で、一番に大事なもの。手放すことなど、考えられません。だから私は、そのためだったら、それ以外の何もかもを捨てることだって厭わない。…すみません、時間です」


 唐辛が最後にそう付け加えるように言った瞬間、唐辛が手を置いていた氷が弾けた。エスパーダのセスタを凍らせていた氷は、唐辛が手を置いた部分から一気に砕ける。まさか、今までの会話は時間稼ぎだったのか。
 中に閉じ込められていたセスタが、もぞりと動くのが見えた。やばい、と誰もが感じる。苦労して閉じ込めた彼が、また暴れ始めてしまう。けれどそれは杞憂だった。セスタの体から氷が全てはがれた瞬間に、彼女達に光が降り注いだのだ。

「ちっ、ネガシオンかっ!」

 日番谷隊長の声はもう遅い。上に上がっていく彼女達を見上げることしか出来なかった。唐辛はまだこちらを向いていた。セスタの少年が悪態をつくのを横で黙って聞いている。弓親は彼女の瞳を見つめた。彼女の言葉の真意を、知りたかった。表面上だけの説明ではまだ理解できないことばかりなのだ。





 彼女の言う、大事なもの、とは最初に言っていた失いたくないものと同義と考えていいのだろう。そしてそれを失わないためには、藍染たちに加担しなければならなかった。言い換えれば、ソウルソサエティにいたのでは彼女はそれを失っていたということ。
 それは何故か?彼女の大切なものが、藍染たちの元にあったから、だ。だから彼女は、藍染についていった。いや、付いて行かざるを得なかった?
 そこまで考えて弓親ははっとした。もしかして。一つの可能性として、彼女の言っていたことが全て本当だとして。始解もできないという彼女の、あの心臓を撫でられるような感触に陥る力。その力を、なにか得体の知れない力を持つ彼女を仲間に入れるために、藍染が彼女の大切なものを盾にしたというのも考えられるのではないか?それを餌に誘い込んだか、脅したか。
 どちらにしろ、それならば彼女の目的は、他の三人とは根本的に違う。同じようにくくられているが、もしかして彼女だけは目的が明確に違うのではないか。そしてそれならば、その彼女の大切なものがこちらにくれば、彼女という敵はひとり減らせるのではないか。

 めまぐるしく頭を回転させて弓親は安静にと寝ている布団の中で一度ため息を付いた。横にいた一角がそれに気付いて声を掛けてくる。なんでもないよ、と言いかけて、止まった。この考えを、話しておくべきかもしれない。一角であれば、突拍子もないことだとは言わないだろう。なんにせよ、彼女と言う存在は一つの大きな鍵だった。弓親の問いかけへの彼女の返答は、どう考えても藍染たちの意見ではない。
 もし唐辛一子の話が、すべて本当だったらのことだけれど。そう前置きして、弓親は横になったまま静かに口を開いた。