剣を交えるたびに頭の中の虚が私に囁きかける。殺してやれ、喰ってやれ、八つ裂きにしてやろう、嬲ってやろう。久しぶりの戦闘に、彼が大喜びをしている様子がダイレクトに脳内に響いて、頭ががんがんと痛かった。


そしてお世辞にも戦局が良いとは言えなかった。こんなに強い相手と戦ったのも初めてだったし、なによりもずっと平隊員で通してきた私には戦闘経験が少ないために、霊圧で町を壊さないために鬼道を使いながら藍染と戦うのは、結構な重労働だった。しかももう、一体何のために戦っているのか自分でも分からない。一子は自分自身を鼻で笑った。





そして。





そしてそれは爆発だった。
体の中心に、心の臓の真ん中に何か違和感ができたと思ったら、そこを爆心地とするかのように私は爆発したのだ。―――そう錯覚するほどの、大きな衝撃だった。
痛みはなかった。しかし、私の中のすべてが抜け落ちるような感覚になるのがわかって、体全体が自分のものではないかのように感じられた。瞬時に足元が崩れるような感覚が起こって、私は自分の霊圧のコントロールが聞かなくなったことを知り、そして為すすべもなく、力の出ない身体は重力に従った。
ルピの叫び声が聞こえて、そして私は彼に抱きとめられたのがわかった。そのまま、ルピは地を蹴って走り出す。無駄だ、どうせ藍染がやってくる、そう思ったのとは裏腹に、眼の端を黒崎一護のオレンジ色の髪の毛がかすめて、私は安堵して、そのまま気を失った。




目が覚めると、私がいたのは瓦礫屑の間だった。
むくりと起き上がろうとして、私は全身が痛みで小刻みで震えているのがわかった。なんとか身体を持ち上げて横を見ると、気絶したかのように深く眠っているルピがそばにいた。私を運んだあと、大きな霊圧に耐え切れなくなって倒れてしまったに違いない。震える手で頭をなでる。愛おしい。


「――――お前のその感情は、気色の悪い以外の何物でもあるまいて」


低い声にはっとして顔をあげると、黒い煙のような渦のなかに、眼光鋭く光る眼ののぞく虚が数メートル離れたところで立っていた。驚きで声が出なかった。そして今現在、私の身体が驚くほどに“何もない”ことに気がついた。譬えるならば記憶がすっぱりと抜け落ちてしまったようなそんな感覚。喪失感はなかったが、気持ちの悪い違和感はあった。

「私の身体から、でたの……?」
「そのとおりじゃ」

表情もないはずの相手だというのに、にやにやと笑っているのがなぜかわかった。その声色はこの何十年も聞いたことがないくらい、歓喜に満ち溢れていた。

ぞっとした。

それは本能的なものだっただろう。
力を振り絞って、眠っているルピの身体と虚の間に身体を移す。

「どうやって、出たの」
「もともとお前の身体に入ったのも、チカラを回復するためよ。もちろん多くの欲はあったが、それは二の次じゃった。お前と契約した時のわしは、大勢の死神を相手にした後でな。もちろん勝ったが、わしも瀕死の状態じゃった。そんなときに迷い込んできたお前という女に、わしは寄生したのよ」

うひひひひと、下品な笑い声が上がった。記憶は遠くの彼方ふるい昔だったが、私は初めて会ったときのこいつはもっと、しわがれた声であったような気がして、奴は本当に力を回復したのだろうということが分かった。初めて対面したときの記憶に、相手が弱っているなんていう印象はまったくなかったが、それは多分、虚に対する無知ゆえのことだったのだろう。


「長い療養生活じゃったが、それなりに楽しませてもらったものよ。しかし今度の戦闘で、わしは自分の力が全盛期に劣らないものまで戻ったと確信した。そして、これ以上の戦闘はわしの力を無駄に浪費するとな」

だから私は倒れたのか。一子は納得した。内側から爆発するような感覚は、こいつが飛び出すその行動のせいだったのだ。
ずい、と一歩、虚が身を乗り出して私は自分の心臓の音が高鳴るのがわかった。どくどくどくと痛いぐらいに鼓動を打つその感覚は、久しぶりに感じる、恐怖だった。

伊達に何十年も自分の中にこいつを留めておいたわけではない。何を考えているのか、手に取るようにわかった。
食べるつもりだ。私を。私たちを。
ずい、ともう一歩距離が近づく。立とうとしたが戦闘の疲れで震えている身体は、力を入れること自体容易には行えなかった。足に伝わるはずの電気信号は、びくんと大きく膝を曲げさせる以上のことはできない。
ルピを起こそうと、彼の頭に置いたままだった手でどうにか肩を揺すっても、気絶している彼はぐったりとしたままだった。
ああ、と嘆きの言葉が口からこぼれる。




――――今の私は、無力な零体でしかない。