「あれ、ええっと、旅禍だった…、黒崎一護。もうここまで来たの?優秀だね」


 ドルドーニ、というエスパーダ落ちを倒した。そして、先に向かって走り出す。けれど待っていたのは行き止まりだった。チャドの零圧が消えた、それだけでも気がせいていたのに、予想外の事態に焦りが増徴される。
 畜生、引き返すしかねえのか、と思った刹那。行き止まりだったはずのそこにドアが出来て、開いたと思ったら中から出てきたのは、記憶に新しい、唐辛一子だった。
 裏切り者のうちの一人。思わず身構える。けれど唐辛は俺のそんな緊張もお構い無しのように、けらりと笑っていた。

「腕に抱えてるの、虚?ていうかアランカルだ。ちっこいねえ」
「…そこを、どいてくれ」

 まるで戦闘意欲のない唐辛に頼むと、彼女は笑顔のままでドアの向こうに俺を通した。そのまま突っ切っていこうとするが、入ってすぐのところで止まる。そこは、部屋だった。入り口も出口もあわせて一つ、の部屋。
 ここも行き止まりか、と引き返すしかないことに気が付いて後ろを振り返る。けれど、入ってきたはずのドアは無かった。その場所にあったものは、ただの白い壁になっている。そして唐辛はまだ笑顔で立っていた。

「何をした?」
「ドアを閉じたの」
「わかってる、開けてくれ!」
「嫌」

 彼女の返答にまた自分の中で焦りが生じる。この壁を壊すか、と剣を握る手に力をこめた。この壁が壊せることは、先ほどの戦闘で嫌と言うほどに知っている。けれどそれを実行することも出来なかった。一護が剣を振り上げる前に、その剣を一子が押さえつけたからだ。

「手を離してくれ」
「それは出来ない相談なんだ、悪いけど」
「…力ずくでも、通させてもらう」
「それは、あなたには出来ないでしょう?」

 唐辛の笑みが一瞬だけ深くなった、と思ったら、いつのまにか唐辛は移動していた。どこに、と視線を動かすと部屋の隅にある椅子に腰掛けている。そしてその腕の中には、小さなひと、に見えるもの。俺が驚いて自分の左腕に目をやると、抱えていたはずのネルが、いない。もう一度唐辛のほうに視線を移せば、彼女が抱えていたのは、紛れもなくネルだった。
 ネルは彼女の腕の中でピクリとも動かない。
 安心して、寝てるだけ。そういいながら彼女は、一護に座るように促した。


「…なんのつもりだ」
「なにが?」
「ネルを人質にとってまで、俺をここに引き止めて、なんの意味がある?」
「なに言ってるの?私はこの小さな子を人質にとったわけじゃない。取り返しただけ。この子はアランカルなんだよ?あなたといるよりも、私といるのが普通。人質にしたっていうのは、あなたの勘違い。あなたが勝手にそう思って行動したの、おわかり?」


 言いくるめられて、なるほどと心の中で思ってしまった自分が恨めしい。俺は彼女の言葉に引っかかった間抜けと言うわけか。ならばすぐにでもここを出て行ってしまいたかった。
 けれど唐辛の腕の中にネルがいる以上、下手なことはできない。唐辛がいつのまにか机の上にティーセットとお茶菓子を持ってきていた。食べる?と聞かれても、俺は何の反応もできなかった。