「ね、この子あげる」

大切に育ててあげてね。そんな口調とは裏腹に、随分とぞんざいに一つのボールが自分の手に落ちてきた。いつもの笑顔で語りかけてくるのは俺の直属の幹部である黄子さん。
呼び出されたと思ったら、いきなり投げ掛けられた言葉がそれだった。

呼びだして悪かったわね。それじゃあ仕事頑張ってね。そんなことを言われ俺は殆ど言葉を発することができぬまま、すぐに部屋から追い出された。自分の手にはボールが一つ。自室に戻っておそるおそる中にいるポケモンを出して、そして俺はその場で固まった。

目の前にいたのは、リザードだった。風貌もしっかりとしており毛並みもつやつやで、レベルも高い。どうしてこんなポケモンを俺にくれたのか、そんな疑問はすぐに解けた。

黄子さんは、ヒトカゲを持っていた。彼女は可愛がっていた。そしてここにいるのはリザード。ヒトカゲの進化形。なんていうことはない、進化して姿形が変わってしまったこのポケモンは、捨てられたのだ。


黄子さんのところに配属されることが決まったとき、俺は下端の中でも先輩に、黄子さんの人柄を尋ねたことがある。すると先輩はこう言った。彼女はある意味ランス様よりも冷酷だ、と。その意味を当時の俺は理解できなかった。けれど今ならよく分かる。彼女は自分の興味が失せたものは、躊躇なく捨てる。今までどれほど大切にしてきたものであっても、関係ない。生きているものであっても、ぬいぐるみと同じように捨てる。



目の前のリザードは自分が主人とは違う人間にボールからだされても、動揺した素振りを見せてはいなかった。頭もよいのだろう、きっと彼は捨てられたのだということも分かっているらしい。

「えっと、とりあえず、よろしくな?」

そう話しかけて見ると、リザードは小さく鳴いた。








下端の仲間は俺のもらったリザードをひどく羨ましがった。リザードはレベルが高い筈なのに俺の言うことを無視したことはない。けれど俺は嬉しくもなんともない。リザードの、悲しそうな瞳を見てしまったからだ。


黄子さんの姿を見つけた。彼女はランス様と仲好さげに話している。黄子さんはどの幹部とも仲が良いようだったし、彼女のあの冷酷な性格はその人間関係のなかにどれほども表れてはいないような気がした。それでもランス様とともにいることが多いということは、やはり性格で合うところがあるのかもしれない。



「あ、おはよー」
「おはようございます、黄子さん」
「おはよう、仕事は順調?」
「はい、滞りなく進んでいます」
「そう、がんばってねー」




黄子さんは俺に気づいて、あちらから話しかけてくれた。ランス様にも挨拶をしながら、こういうときに、黄子さんは他の幹部と違うなと俺は思う。他の幹部は自分から部下に挨拶することなどない。自分の威厳を守るために、部下と上司としての良好な関係を築くためにも、自分から挨拶をするなどということはなかった。けれど黄子さんは、気まぐれに奔放に自分の部下に声をかけた。もちろんそれは彼女にとってはたいして意味のない行為だ。彼女が冷徹で残酷な一面を持っていることは誰もが知っていた。彼女は自分ために行動し、それ以上でもそれ以下でもない。だから彼女の部下に気軽に話しかけるその行動は、何の意味もない行動だった。それでもついこの間、何の気まぐれか彼女のリザードをもらう役目を譲り受けた俺は緊張をしながら彼女のセリフに答えた。ランス様は横で興味なさげに立っている。

黄子さんはそのまま結局、リザードのことについて何も触れずに去って行った。



おわる。