「念能力を習得した理由ですか?なんでしたっけ…」

ううむ、と唸りながら黄子がジュースに口を付けるのを、クロロは黙って見ていた。どこにでもある居酒屋のカウンターの一席で、彼女は一杯目のピーチジュースをちびちびと飲んでいた。自分が誘ったのだから遠慮されてしまってはこちらの顔が立たないと少女に言ってみたのだが、彼女は少しずつ飲むのが好きなんです、とにこにこと笑って見せた。それは事実らしく、彼女はその後遠慮せずに店員に軟骨のから揚げを頼んだ。
眉に皺をよせながら暫くの間考え込んでいた黄子は、ああ、と思い出したようだった。手に持っていたコップを机に置くと、おしぼりで濡れた手を拭きながら横に座るクロロをくりくりとした大きな目で見た。

「十歳くらいの時、大嫌いな男の子がいたんです」

話し始めた言葉は、クロロの問いにいか程もマッチした答えには思えなかった。けれどもクロロは黙って続きを促す。まだ彼女と出会って少ししか立っていないが、長々と遠回りしながら話すのが好きな女なのだとすでに理解していた。
店員が持ってきた軟骨のから揚げを彼女はひょいっと一気に三つ口に入れ、熱いと言って涙目になりながらどうにか噛もうとしていた。飲み方に比べて食べ方は豪快らしい。

「おんなじ学校の子だったんですけどね、いじめっ子だったんですよ。誰かれ構わず嫌なことするんですよね、しかも自分より弱い子だけ狙って。所謂ガキ大将の劣化版っていうんですかね」

顔はテレビアニメのあのキャラクターに似てました、毎週日曜日の朝にやってるなんか飛んだり跳ねたりするやつです。どうでもいい付け足しをしながら彼女はつらつらと話す。そのテレビアニメをクロロは知らないし、彼女も詳細はクロロが知っていようがいまいがどうでもいいのだろう。ぱくぱくと軟骨を食べながら続けた。

「そいつが空手を習ってて、瓦割りができるんだぞって自慢しだしたんですよね。三枚割れるぞ、とか言って。私それがすっごく気に食わなかったんです。それで思わず私は十枚割れる、って言っちゃたんですよ」

若かったんですよ、と今でも十分に若い彼女は笑った。クロロよりも六つほどは下であろう彼女はその子どものあどけなさが残る顔で良く笑った。

「もちろん本当は割れやしませんでしたよ。でも子どもってムキになると、引っ込みがつかなくなっちゃうんですよね。じゃあやってみろよって言われて、やってやるって言って。内心ドキドキで、泣きそうでした。このタイミングでなんか災害でも起きて欲しいとか願ってましたね」

玉蜀黍は落ちてきた髪の毛を耳に駆けながら、初めてのジュースのおかわりを頼んだ。店に入ってから二時間近くたち、居酒屋に来てここまで飲まない客も珍しいだろうと言うものだ。すみません、トマトジュースください。そう言いながら彼女は残り少しの軟骨を口に含み、タコ焼も追加注文した。

「瓦十枚目の前にして、もうどうにでもなれって思って。こぶし作って、自分の渾身の力を込めて瓦を殴ったんです。そしたら、なんと瓦十枚どころじゃなくてそのしたで瓦を支えてたブロックまで割っちゃいました。それが初めての念能力です」

まさか。クロロは一瞬そう思ってから、女の顔をじっくりと眺めた。先天的な念能力では無いにも関わらず、そんなくだらないことで念が現れるとは。じっくりと鍛錬した人間から見ても、初を打ち込まれて苦しい思いをして習得した人間から見ても、それはかなり羨ましいことだろう。

しかし、だからかとも思った。女のこの、洗練され過ぎている念能力の中になんとも思えないような平凡すぎる雰囲気を併せ持っているのは。
念能力を必要ともしないのに、それを持っているからだ。





クロロが彼女を見つけたのは偶然だ。偶々通りかかった町中の小さな公園のブランコで。彼女は肉まんを片手にトマトジュースをすすっていた。それだけ見ればただの家出少女だったが、クロロはその彼女の持つオーラを見て驚いた。あまりに美しいのだ。オーラがまるで絹のようになめらかで、風に揺れるカーテンのような柔らかさで彼女を包みこんでいた。
普通、オーラと言うのは洗練されればされるほど鋭さと速さを増していく。彼女はそれとはまったく別物だった。オーラに素早さなど無い。鋭さもない。触ればさらりとしそうなそのオーラの、小川のせせらぎのような緩やかな流れにクロロは目を奪われた。
だから声を掛けると、彼女は一も二もなくクロロについてきた。彼女にとってクロロが好みのタイプであったとか、そういうわけではなく、“タダ飯ができるなら”という理由でだ。


一言で彼女の性格を言えと言われたら、クロロは“馬鹿”と答えるだろう。とてもお嬢様には見えないし、いたって普通の一般家庭で育ったにも関わらず黄子は世間知らずだった。
ただの馬鹿なのだ。


「発はできるの?」

クロロはゆるやかに笑って黄子に問いかけた。彼女はストローから口を離し、不思議そうな顔をした。

「発ってなに?」
「知らないの?」
「知らない」

少女のジュースを飲むおとだけが聞こえた。


中途半端に終わり。