長編、企画 | ナノ

年越しそばと年明けうどん


12月31日、大晦日。
久しぶりの部活休みだというのに、人使いの荒い母親に買い物を頼まれた。
まぁ普段手伝いらしい手伝いはできていないので特に文句を言うつもりはないが、息子が受験生であることをすっかり忘れられているように思える。

もうすぐ家につく、というところでいよいよ雪が本降りになってきた。
急ぎ足で、しかし転ばないようにしっかりと地面を踏みこんで、まだ真新しい雪に自分の足跡をつけていく。

玄関に入ったところでようやく一つ息をつき、そのまま荷物をキッチンに運ぶ。
母親が料理をするキッチンの暖かい空気に、コートについていた雪が一瞬で溶けて肩に濃い色を残した。

「ただいま。母さん、ここに置いておくよ。」
「ありがと。寒かったでしょ。あ、そうだ大地。跳子ちゃん来てるわよ。」
「おー。部屋?」
「そう。今二人分お茶入れるから戻るついでに持ってきなさいね。」

手袋をはずして洗面所で手洗いとうがいをすまして戻ってくると、お茶の準備が整っていた。
湯気のたつそれを手に取り、とりあえずその場でゆっくりと一口飲む。
冷えた体の芯にゆっくりと熱が浸透していくようだった。

お茶とお菓子の乗ったトレーを両手に階段をあがって自分の部屋へ向かう。
部屋の扉を開けると、部屋の主よりも堂々とした態度で居座る幼馴染の姿に思わずため息が出る。
バリンと小気味いい音を立ててせんべいの割れる音がし、醤油の香ばしい香りが部屋に漂った。

「お前なぁ…、人のベッドでせんべいとか食うなよ。」
『ん〜?大地も食べる?』
「食うけどさ。」

ベッドでうつぶせになりながらマンガを読んでいた跳子が、寝ころんだまま顔だけをこちらに向け、その手にしている大きなせんべいの袋をぶらぶらとゆらしてニッと笑う。
悪びれもしない様子の跳子にもう一度ため息をついてテーブルにトレーを置き、そのまませんべいを一枚もらう。
一応簡単に大掃除を終えたばかりだったが、言っても無駄なことはわかっているし慣れている。
そこに惚れた弱みというのも加算されてしまえば、俺としては言えることは何もないのだ。

「…ん、んまい。」
『でしょ?あ。お茶だー。ありがとー。』
「飲みたいならベッドから降りてきなさい。」

はーいと間延びした返事をしながら、跳子がズルリとベッドから降りる。
俺の隣に並んで座り、手を温めるようにして湯呑を持った。

『はぁ〜落ち着く〜。やっぱせんべいにはお茶だよねぇ。』
「言い方に若さがないぞ。まぁわかるけどさ。」
『失礼な。私は大地ほど老成してないもん。』
「老成って言うな!」
『まぁまぁいいじゃぁないのぉ〜。あっ。TVつけよーっと。』

そう言って跳子はTVの主電源を入れるために膝でちょこちょこと移動していく。

跳子の両親は年末も仕事で遅くなるため、毎年うちで晩飯を食べていくのが恒例だった。
年越しそばを一緒に食べ、紅白を見ている途中くらいで彼女の両親がお礼を持って迎えに来るのだ。

「今年もおじさんとおばさん、遅くなるのか?」
『んーどうだろ?今年は特に年末の人手が足りないみたい。』
「そうか。大変だよなぁ。」

俺の隣に戻った跳子が、リモコンをいじりながら答える。
目的の番組にチャンネルを合わせたがすぐにCMに入り、なんとなしにそれを二人で見る。

『…へぇ〜。今は年越しそばだけじゃなくて年明けうどんなんてあるんだね。』
「そうみたいだな。年明けうどんってのは朝食べるのか?」
『そうなんじゃない?』

美味しそうにうどんをすするCMを見ながら、跳子がボソリと言った。

『今年は大地と年明けうどん食べてから帰ろうかなー。』
「…はっ?」

バリンッ

二人きりの空間にもう一度音が響く。
安心しきったように寄りかかってくる跳子に、俺は途端に焦りを覚えた。


−君と過ごす、始めての。



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