●●●IH予選、開始
6月2日、朝。
試合会場までは学校からバスで出発となるため、跳子は少し早めに家を出た。
出がけにおじいちゃんとおばあちゃんが力強く"頑張れ"と言ってくれたことで、一際気合いが入る。
(久しぶりの大会!サポートするぞ!)
もう一度"おしっ"と一人小さくガッツポーズをした時、後方から何か地響きを感じた。
ドドドドドドド…!!
『???』
だんだん近づいてくるようなそれに、何気なく振り向いてみる。
『か、影山くん?!』
ものすごい速さで影山が跳子を追い抜いていった。
そのドップラー効果の途中、小さく「ウス」と挨拶してくれたような気がするが、跳子には返事を返す間もなかった。
もうそんな急がなくてはいけない時間だっただろうか。
跳子は慌てて後を追いかけはじめた。
ようやく追いついた集合場所の部室棟下で、影山と日向が向き合っているのが見えた。
(走らなくても全然間に合ったよ〜!影山くん、日向くんと競ってただけか…!)
よく考えればいつものことだった。
がくりと膝を抑えながら、その場で跳子は荒くなった呼吸を整えようとする。
「"お前がコートに君臨する王様なら、そいつを倒して俺が一番長くコートに立ってやる"」
『?!』
「お前を倒すのは、絶対おれ!!」
『…!』
日向の大きな声が聞こえた。凛と響くような声だった。
今は実力の差は歴然であるにも関わらず、それに影山が笑うことなく言葉を返す。
「…てことはこの先、お前は俺と同じ舞台に居るってことだな?」
「お、おーよっ!」
「それが日本のテッペンでも"世界"でも。」
「…あ、当たり前だっ!!」
跳子が顔をあげて二人の方を見る。
まぶしいくらいに真っ直ぐな二人の方を。
(影山くんも信じてる。スゴイなぁ…。)
「お〜世界か〜。でかいな〜。」
『!スガ先輩!』
オースといつの間にかすぐ後ろにいた3年生が声をかける。
「そのためにはまず、この日本の、東北6県の、更にその中の1県の予選の1回戦、ちゃんと勝たないとなぁ〜?」
『澤村先輩!東峰先輩も。おはようございます。』
「「はざまーす!」」
にっこりと笑っておはよう、と3人が返す。
そして続々とみんなが集まり、バスで仙台市体育館まで揺られることとなった。
会場入口付近では、常波高校の池尻がキョロキョロと周囲を見回していた。
そしてそこに懐かしい顔を発見するが、池尻はその迫力に少し驚く。
顔が変わっているわけではないのですぐに澤村だとわかったが、かもし出す雰囲気がすでに違った。
「堕ちた強豪 飛べない烏」
トーナメント表前で、誰がつけたかわからない異名を口にする高校生。
そしてその背後に迫る、黒い集団。
その集団を制し、先頭を堂々と歩くのは、かつての旧友・澤村だった。
その迫力に声をかけることもできず、池尻は一度彼の背中を見送った。
色々な噂や異名が飛び交う中、なんといっても男子高校生の目をひくのは、その後ろを武田と共に歩くマネージャー二人だった。
「おいアレ見ろ見ろっ!かわいっ!」
澤村たちが振り向くと、清水と跳子がその話題の中心のようだ。
(一人増えてるっ)(かんわいっ)(声かけてみろよっ)
それを察した田中と西谷が、すぐさま二人の元に飛んでいき威嚇にかかる。
今度は澤村も止めない。
清水にはたかれてようやく止まった二人に、心の中で"よくやった"と褒めてやったほどだ。
人の多さや体育館の広さ、そしてエアサロの匂いに日向が身悶えしていると、後ろからざわつきが聞こえた。
振りむいてみると伊達工業が来ていた。
目の前で向き合うと、伊達工業の青根が無言で東峰をビッと指差す。
返そうとする西谷を制し、東峰が堂々と受けて立つように無言で睨み返した。
そこに慌てて伊達工業の主将・茂庭が、謝りながら青根を止めにかかるも一人ではどうにもならない。
「おい、二口!手伝えっ!」
「はーい。」
間延びした返事を返した二口も青根を止める。
「すみませーん。コイツ、エースとわかると"ロックオン"する癖があって」
「…。」
「だから…今回も覚悟してくださいね。」
飄々としながらも不敵な言葉を残し、伊達工業は去って行った。
(あれが…伊達工業。鉄壁と呼ばれるブロックを誇る強豪。)
跳子が高校で最初に視る学校だ。
そして東峰・西谷が一時期部活を離れた原因でもあると聞いている。
伊達工の背中を見つめる跳子の手に、人知れずギュッと力が篭った。
「よし、準備いいか?」
『!』
「第一試合だ。そろそろアップとるぞ。」
「「「オス」」」
立ち上がるみんなに、跳子は最後に激励を送る。
『…私ももう行きます。みんな、頑張ってください!』
「「「オゥ!!」」」
「…鈴木、そっちは頼んだぞ。」
『…ハイ!!』
頼もしい背中を見送り、跳子は伊達工vs桜下の試合観覧席へと足を向けた。
烏の中の白鳥が、今その本領を発揮しようとしていた。
跳子の激励を受け気合いの漲る烏野軍団を見つけ、今度こそ池尻が声をかけた。
「澤村!久しぶり」
それに気付いた澤村が、みんなに先に行くよう頼んでから返事を返す。
「おーっ池尻〜!久しぶり!」
池尻は、やはり迫力が増したと卒業以来のかつてのチームメイトを見て思う。
「まぁ…うちは所謂"弱小校"だから−」
そこまで言って、池尻ははたと中学校時代の澤村と一緒の"最後の試合"を思い出す。
「絶対勝てないなんてことない!」
「勝とうとしなきゃ勝てない」
昔からそうだった。皆が諦めても、たった一人絶対にめげない。
当然のような敗戦にも黙って唇を噛みしめる姿を、少し羨ましいと思った。
「…さっきの発言取り消し!」
「?!」
「ネット挟んだからには…けちょんけちょんにしてやっかんな!」
「!」
澤村は池尻の言葉に一度驚くも、迎え撃つように真剣な目で言い返す。
「やってみろよ」
−そして各校第一回戦が始まる。
『……。』
伊達工と桜下の試合を観る跳子の顔が思わずゆがむ。
(観てて…苦しい。)
いつもはあまりどちらかに感情を寄せないように観ているが、それでも何もさせてもらえない桜下のスパイカーの心が折れていくのを目の前で見て、跳子の胸が痛んだ。
GW合宿時の猫又監督の言葉が頭をよぎる。
−気力を挫く"人の壁"。打てば打っただけ心は折れて…−
それでもトスはあがる。
打つしかない。
止められるのが怖い。
打っても無駄かもしれない。
鉄壁は実際にスパイクを止めるだけでなく、精神的にも壁になりうるのだ。
一際責任を感じやすい東峰が部活に来なかった理由、そして彼が復帰した強さを改めて感じる。
(負けたくない。)
その思いでノートにペンを走らせる。
手にかいた汗で、紙がじんわりとよれていた。
結局、伊達工の初戦の結果は、驚くべくものとなった。
伊達工 ○25-7 桜下
伊達工 ○25-8 桜下
バレーボールの試合では、あまり見ない点差だった。
どちらにしても、烏野の次の対戦相手が決まった。
次の試合まで、時間がそんなに多くあるわけではない。
ノートとビデオカメラを持ち、跳子は烏野の仲間の元へ急いだ。
← | →