長編、企画 | ナノ

あの人の隣に立てるよう



今日も厳しい練習を終えた部員たちが、一息つくように今月の月バリを見て盛り上がっていた。
全国の高校生選手の中で特に注目とされる3人のうちの1人として、同県のウシワカこと牛島若利が特集されていたからだ。
小さな巨人ばかりだった日向は、白鳥沢のことも牛島のことも初めて知る。
渡されて手にした雑誌には、でかでかと牛島が超高校級エースとして紹介されていた。

「うーん、これぞ正に"エース!"って感じだよなァ。」

覗き込んだ澤村は、実際会った時に感じた威圧感も思い出しながら口にした。
そして自分のところのエースに、フイと冷めた視線を向けて見比べる。

「オイ!なんでこっち見てる!」

あからさまな目に、東峰がシュンと落ち込んだ。

そして澤村はバレないように、日向の手にある雑誌を一緒に覗く跳子のこともチラリと見る。

(若くん…すごいなぁ。)

穏やかな表情をした跳子に、澤村は複雑な思いを感じた。
あの向かい合った時の、牛島の目を思い出す。

(鈴木があぁいう顔をできるようになったのは嬉しいが、俺にとっては明らかにそういう面でも牛若が敵、なんだよなぁ。)

跳子が雑誌から顔をあげると、ふと澤村と目が合った。

『?どうしました?』
「いや。…負けないからな。」
『はい!応援してます!』
「バレーボールも、な。」
『?はい。』

堂々とした澤村の宣言に含まれるもう一つの意味を、跳子は知ることはなかった。


東京の音駒と戦うには、ここを倒して宮城県の代表にならないといけない。
そう口にした日向に、今度は鳥養が声をかける。

「コラコラ。白鳥沢だけが強敵じゃねーぞ。」

王者・白鳥沢、青葉城西、和久谷南、伊達工業−

烏養が"俺的今年の4強"について話す。
確かにそのうちの2校の強さについては、特に2・3年は身を持って知っていた。
思わず黙った部員たちを見て、烏養は続ける。

「−と言ってみたものの、"上"ばっかり見てると足掬われることになる。」
「!」

確かに、誰もかれも全員勝ちに来るのだ。
弱小だろうと強豪だろうと−。澤村はかつての自分の言葉を思い出した。

「−そんで、そいつらの誰にももう"飛べない烏"なんて呼ばせんな。」

烏養の言葉に、あス!!と大きく気合いを入れなおす部員たち。
それを見た跳子もまた、自分自身に気合いを入れ直した。

(私は私にできることを!みんな、頑張って!)

誰ともなしに皆が帰り支度を始め、西谷と東峰がまた別に改めて自分の敵を見つめ直している時、体育館の扉がものすごい音を立てて開いた。

「みんなまだ居るー!?」

まだ残っていた部員を確認し、ホッとした武田が遅くなったことを謝りながら入ってきた。

「出ました!IH予選の組合せ!」
「「「!!!」」」

一覧を確認し、部員たちは息をのむ。
あの伊達工と名前が並んでいた。
そしてトーナメント表の端にあるシード校の名前は青葉城西となっていた。

先ほど話にあがっていた、4強のうちの2つがいるAブロックに烏野の名前がある。
それに話題が集中したのを見て、烏養がたしなめるように声をかけた。

「オイ、さっき言ったこと忘れて無ぇよな。」
「−わかってます。」

伊達工とは反対側に隣り合っていた名前。
常波高校。それが1回戦の相手だ。
澤村にとっては聞き覚えのある学校だった。

「目の前の一戦、絶対に獲ります。」

例えかつての仲間が相手だとしても−
澤村の強い言葉に、部員も強い眼差しで同意した。



IH予選まであと2週間。

跳子はその日、ちえとゆかにも自分のことを話した。
過去のこと、家族のこと、そして澤村に助けてもらったこと−。
澤村や両親に話したことで少し話すのに慣れてきたのか、だいぶまとめて話すことができた。
聞いた後、少し悲しそうな顔をして黙っていた二人が、そっと手を握ってくれた。
伝える大切さを知った今だからこそ、逆に言葉にならなくても伝わる温かさも確かにあるということを、跳子は初めて知ったような気がした。

体育の授業後の女子更衣室で、ちえがそういえば、と口にする。

「…最近思ってたんだけど。跳子、キレイになったわよね。」
『え?』
「なんか色々と乗り越えたからかもしれないなって、さっき話を聞いて思った。」

そこまで話すとちえは、"お待たせー"とトイレから戻ってきたゆかの方に視線を向けた。

恥ずかしいけど、嬉しかった。

家族と和解して、自分の幼さから色々と誤解をしていたこともわかった。
両親が自分のことを考えてくれてたことも、ずっと守られていたことも知った。

(だからかな?)

大人になったとまでは言えないけど、少しだけ大人に近づけた気がする。
内面が少し強くなれたことで、キレイに見えるのかもしれない。

『大人の階段を登ったからかな?』

クスリと笑って飛び出した言葉に、周囲のみんながものすごい勢いで振り向いた。
戻ってきたばかりのゆかも固まる。

(…あっ。これは言い回しを間違えた!)

跳子はすぐに気づいて真っ赤な顔で訂正をするが、それは逆効果となる。
鼻息荒くせまるゆかから、周りの子も興味深々で助けてくれない。
ちえも少し離れたところで他人事のように放置だ。

「なになになんなの?とうとう壁ドンなのまさか床ドンなの、そして何がどうだったのちょっとそこ詳しく!!」
『ゆかちゃんこわいよー!!』


…あの後みんなに紛らわしいって怒られた。
ほんとに男子がいなくてよかった…。
思い出してはまた穴に入りたい思いを抱えながら、跳子は武田先生に託された書類を渡すべく、3年生の教室へ向かっていた。

(なんか見られてる…?1年生がくるのが珍しいのかな?)

周りにいた3年生たちが、跳子が通るたびに振り向く。
皆口々に「オイ、あれ…!」とか何か言っているのが聞こえた。

(もしかして、私まだ赤いのかも…!)

なんだか居心地が悪くて、跳子は顔を隠すようにしながら澤村のいる3年4組へ急いだ。

(確かこっち、だったよね…?)

恐る恐る3-4に続く廊下を覗いた時、跳子の目に澤村の姿が目に入る。
場所が合っていたことを喜びかけるが、澤村の隣に誰かいることに気づいた。
ショートカットが似合う可愛らしい女の人だった。

楽しそうに談笑する二人を見て、跳子の胸がちくりと痛んだ。
自分の中に芽生えた感情が教えてくれる、初めての痛みだった。

跳子がその痛みに戸惑い話しかけることをためらっていると、その女の人が澤村の腹にワンパンチ(!)を入れ、自分のほっぺたも叩いて気合いを入れて澤村のそばから去って行った。

その場から逃げようか少しの間迷っていた跳子は、やがて足を前に踏み出した。

今度こそ自信を持って隣に立てるようになりたい。

目の先にいる人の背中を追って、跳子はそう強く思った。


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