長編、企画 | ナノ

彼女の決意



家についた途端、跳子は倒れこんだ。
慌てた家政婦が熱を測ると、40度を超える高熱を出していた。
そのまま病院に運び込まれた跳子は1週間の入院を余儀なくされ、その間にバレー部の全国大会での敗退が決まった。

部活の顧問が病院までそれを報告しに来てくれ、跳子が復帰したら引退式をしようと言ってくれたが、その申し出は辞退した。
結局あの日を最後に部活に顔を出すことなく、跳子は引退を迎えた。


姫野とはクラスが違うため、会うこともなかった。
遠目に見かけることはあってもすれ違うことすらないので、お互いに避けているんだと跳子は他人事のように思った。

そして跳子は、牛島にも会っていなかった。
入院中に何度か来てくれたが、うつしてしまうからと嘘をついて、会うことを拒否した。
牛島が高校で主将となったため忙しくしていたのは知っていたし、それとなく牛島の母親に"進学テストがあるから忙しい"と話しておいた。
牛島が、跳子の負担になることはしないとわかっていて、言ったことだった。


部活がなければ、学校は至極平和だった。
たまに牛島との噂で冷やかされることはあっても、笑ってごまかすだけだった。
そんな時にはやっぱり笑顔がぎこちなかったみたいで、何も言っていないのに何かを察してくれたクラスの友達が助け舟を出してくれた。
久しぶりの安らかな日々だった。

それでも、跳子が一人で歩いている間、ずっと考えているのは今後のことだった。

もう白鳥沢学園の高等部に進学するつもりはなかった。
ここにはいたくないし、いられない。
バレーボール部のない学校に行こうかとも思った。
姫野のことも、牛島のことも考えないで済む場所に行きたかった。

友人と寄り道した日の帰り道、あまり普段通ったことのない土手沿いの道を一人で歩いていた。
遠くで夕日が沈んでいくのがよく見えた。
随分と日が落ちるのが早くなったな、とぼんやりと考えていると、夕日の方からジャージ姿の男の子が元気よく走ってきた。
夕日と同じ色の髪が鮮やかで、跳子はそこから飛び出してきたかのような錯覚を覚えた。

「俺は、小さな巨人になるんだぁぁぁ!」

男の子はそう叫びながら跳子の横をすごいスピードで通り過ぎていく。

(小さな、巨人?確か数年前、全国に出てた…?)

何故かわからないが、跳子の頭からその言葉が離れなくなった。
家に帰ってから少しだけ調べてみようとPCを開き、そして気づけばそのまま烏野高校の願書を取り寄せていた。

バレーボールから離れようとしていた彼女を、かろうじてそこに繋ぎとめたのは、その時にすれ違ったオレンジ色の髪をした背の小さな男の子だった。



跳子は外部受験のことについて、両親には何も言うことができなかった。
心配をかけたくなかったし、自分がそんな状況に在ること自体、怒られてしまうかもしれないと思った。
小さい頃からいい子でいることが多かった跳子は、怒られることに慣れていなかった。

だからこっそりと、あの烏野高校だけ受験した。

しかしもちろん、いつまでもそのままというわけではいられなかった。
烏野高校から合格通知が届いたことで他校を受験したことがバレてしまった。
さらにそれを不審に思った母親が担任に問い合わせをしたことで、内部進学のテストを受けていないことも知ってしまったのだ。

その夜、両親からの厳しい叱責を受けても、跳子は何も理由が言えなかった。
ただ言えたのは「白鳥沢に行きたくない」ということだけだった。


教育主義の両親が決して白鳥沢以外を許そうとしない中、その日たまたまこちらに来ていたおじいちゃんが口を出してくれた。

「高校ぐらい好きなところに行かせてやればいい」と。

好きなことを好きなようにやりなさい−と、昔からおじいちゃんはそう言ってくれた。
かといって跳子には、自ら進んでやりたいことなど、その時には見つからなかった。
初めて跳子が自分の意見を言ったことで、おじいちゃんは真っ向から両親と戦ってくれた。

「もうお前らには任せておけん!烏野ならうちの近くだ!跳子はうちで預かる!」

その日のうちに、跳子を連れて帰った。
さすがにそれは迷惑をかけすぎているような気がして、跳子も遠慮しようとした。

「迷惑なんてことあるもんか。金の心配もいらん。少しは甘えなさい。」

そう優しく言われ、跳子はそのままおじいちゃんちに住むことになった。

すると、可愛い孫のためと珍しくお金と権力をフル活用し始めた。
両親に奪い取られないよう、白鳥沢までは卒業まで車で送迎をつけてくれた。
たまに電話で両親と言い合いをして、言い負かしている姿も見た。

実は、おじいちゃんは一代で会社を築きあげたやり手の人だ。
今は跳子の父に社長の座を譲って引退しているが、今でも会長職についている。
普段は全くそんなところを見せないが、本気になったら鈴木家では誰も敵わないのだ。

自分のせいで家族がケンカをするのは忍びなかったが、おじいちゃんはいたずらっ子のように"勝ったぞ!"とか言うので少し気が楽になってしまった。

そのうち両親も反対することを諦めていったようだった。


おじいちゃんとおばあちゃん、クラスの友人たちに支えられ、跳子は少しずつ笑顔を取り戻していけた。

そして無事に烏野高校に入学することができたのだ。

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