長編、企画 | ナノ

白鳥沢学園中等部



小さい時から親に言われることに、疑問を持つことなんてなかった。
褒めてもらえるのが単純に嬉しくもあった。

−たくさんお勉強していい学校に行くんだぞ。

−少し大きくなったら家事やお料理もできるようになるといいわね。

−そして若利くんのお嫁さんになるのよ。


若くん。牛島若利くん。
跳子の家の隣に住む2つ年上の彼は、いわゆる幼馴染みというやつだった。
運動も勉強もできる彼は怪童と呼ばれ、跳子の親にもとても気にいられていた。
そして牛島自身も、跳子のことをとても可愛がってくれたのだ。

彼の近くにいることが当たり前だった。
妥協を許すこともなく、大きな信念をもつ姿を見て、彼のサポートができるようになりたいと思った。

だから当たり前のようにこのあたりで一番の進学校と言われる白鳥沢学園中等部に入り、当たり前のように牛島のいるバレーボール部のマネージャーになった。
小さい頃から牛島の影響でバレーに触れていた跳子もまた、白鳥沢学園バレー部にとってなくてはならない存在となっていった。

バレーボールも大好きだった。
牛島が中等部を卒業した後も、変わらず全力で部を支え続けた。


学園でも近辺でも有名な牛島のことを好きになる女子は多かった。
ただその大半が、とっつきにくいと思われる彼を遠巻きに見ているだけだったが、勇気をもって告白する子も中にはいた。
彼はその一つ一つに誠実に返事をした。
「バレーボールに集中したい」と。

たまに跳子とつきあっているのか聞かれることがあったが、つきあっているわけではなかったので、牛島はそれも普通に答えていた。


跳子が中等部の3年生にあがり、牛島もまた高等部の2年生になっていた。

そんなときにまた、牛島に告白をした子がいた。
高等部の牛島のクラスメイトだった。

「すまない。」

いつもの通り、牛島はバレーボールを理由に彼女からの告白を断る。
彼女は少し悲しそうな顔をして、他の子と同じように、気になっていた跳子とのことを聞いた。
ただ違ったのはその聞き方、それだけだった。
それが跳子にとって大きな事態となった。

彼女は"牛島にとって跳子が何なのか?"と聞いたのだ。
そして聞かれた牛島はまた、誠実に素直に自分の考えを答えた。

「跳子は俺の、婚約者だ。」



その一言は、高等部だけでなく中等部にも大きな衝撃となって駆け巡った。
そして跳子にとってもその答えは驚くものであった。
確かに昔から"若利くんのお嫁さんに"と両親から言われ続けていたが、まさかそこまで牛島が真剣に捉えているとは思っていなかったのだ。

噂になるだけだったら、少し恥ずかしいというだけだった。
跳子にとっても小さい頃から培ってきたその気持ちは、淡い恋心と捉えてもいいものだった。
ただ一つ、跳子と同学年のもう一人のマネージャーである姫野が、実は牛島のことを好きだったということが、その後大きな問題となった。



「鈴木、お前マネの仕事姫野に押し付けてサボってるんだって?」

ある日、厳しい顔の部長に呼ばれ、突然そう言って睨まれた。
当時、表立った仕事のタオルやドリンク配り、球出しやスコア付けは姫野がしており、跳子はそのドリンクボトルの準備や洗濯、買い出しなどの裏方役を務めていた。
たまに体育館に顔を出しても、部員の状態を遠目に見て体調や練習方法について、監督やコーチに報告するということが多かった。

部員の目につかないのは仕方ないが、跳子は仕事をさぼったり、姫野に押し付けたりした覚えなど一切なかった。
仕事量が多くて大変だと言うのなら、分担を調整してもいいとその場で進言した。

しかしその部長が姫野のことを好きだということもあり、どんどんと事態は悪化し、跳子が悪者になっていく一方だった。
そしていつの間にか、完全に孤立してしまっていた。

ずっと、彼女とも仲が良いと思っていたのに。
しかし跳子は、誰に相談するでも愚痴るでもなく、かと言って部を辞めることもせずに、懸命に自分のできることを続けた。


そんな日々の中、白鳥沢学園中等部は順調に全国大会を勝ち上がっていた。
週末に強豪校との試合を控えた日、跳子はあまり体調が優れなかった。

このところ、あまり眠れていないせいかもしれない−
そう思いつつ、部活を休むほどでもなかったので、いつも通り部活が始まる前に体育用具室でボールの空気圧のチェックをしていた。
しかしいつもの場所に空気入れがないことに気付く。
色々と用具室内を探し回っていたところ、姫野がどうしたのか、と声をかけてきた。
話すこと自体あまりに久しぶりのことだったので、跳子が驚きながらも探し物をしていることを話すと、それなら外の大きな用具室で見たと教えてくれた。

普通に話してくれたことが嬉しくて、跳子は一言御礼を言って、教えられた場所に向かう。
この用具室には、体育祭の道具など普段はあまり使わないものが保管されているため、滅多に来ることがなかった。
扉を開け、薄暗く埃っぽい用具室の中を見回すと、奥の棚にそれらしい物が置いてあるように見えた。

(なんでこんなところに…。)

跳子が不思議に思いながらも、そちら向かって歩き始めようとした時−

ドンッ

後ろから背中を強く押され、跳子はひざをついて転んだ。
"痛っ"と少し顔を歪めた時、背後で用具室のドアが閉められカギが閉まる音が聞こえた。
何が起きたのか一瞬わからなかった。

慌てて立ち上がってドアを確認したが、やはりガチャガチャと音がするだけで開く様子はなかった。


閉じ込められた−


血のにじんだひざはジンジンと熱を持ち始めたが、跳子の顔は蒼白になる一方だった。


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