長編、企画 | ナノ

不機嫌な甘い時間



『あの〜月島、くん?』
「…。」

日曜日の部活帰り、以前から言っていた従姉のケーキ屋さんに向かっていますが、並んで歩く月島くんがとっても不機嫌です。


それは30分前のこと−、

「月島、山口。」
「?」

部活が終わり着替えていると、澤村が二人に話しかけた。

「今日鈴木と、ケーキ食い放題に行くんだってな。」
「はぁ、そうですケド。」
「食い放題っていうか試食会ですよ!ねぇツッキー!」

その会話を聞いて、後ろにいた変人コンビが反応する。

「ケーキ?!食い放題?!何それずるいぞ!」
「……。」
「何がズルイのさ。あと王様、その無言の圧力やめてくんない?」

着替え終わった月島・山口が部室を出て行こうとすると、日向・影山がズルイズルイと言いながらそれを追っていく。
ついてこないでヨ、と月島が睨みつけても、腹が減った二人には効果はゼロだ。
いつもだったら挨拶をして出ていくのだが、4人ともそれすら忘れている。

部室のすぐ外で、跳子が二人を待っていた。

『あ、お疲れ様!』
「ズルイ!ズルイぞ月島!山口!」
「………。」
「王様、その圧力いい加減にして。」
「ツッキーの何がズルイのさ!ケーキ食べに行くだけだろ!」

その会話を聞いて跳子が口を開く。
嫌な予感がした月島が止めようとするが、もう遅かった。

『あれ、日向くんと影山くんも甘いの大丈夫なの?』
「…ちょっと!」
『じゃあ二人も一緒に行く?』
「!!」

その会話は部室の中まで聞こえていた。

「…大地、あれわざと?」
「ん?何の話だ?スガ。」
「あの二人がいた方が変な風にならない、とか…。」
「いやいや。ただ護衛は多い方がいいだろう?なぁ旭。」
「ひぃっ!大地、その笑顔怖い!」

そして冒頭の状態に至るのだ。


ちえとゆかちゃんとの待ち合わせ場所に向かいながら、二人とお姉さんに人が増えたことをLINEした。

ケーキケーキ、ウェ〜イと飛び回って歩くご機嫌な日向くん。
先に着くのは俺だ!とよくわからない対抗をする影山くんに、その二人を見て"迷惑だろ!"とわたわたとしてる山口くん。
それを見てるととても微笑ましいのに、隣からは暗黒オーラ。怖い。

『あの、なんか、ごめんね。』
「…何を謝ってるの?」
『うっ。いや、何かやらかしちゃったかな、と…。』

月島くんがはぁ、と一つため息をつく。

「もういいよ。僕もちょっと迂闊だったし。」
『?』

そんなこんなで二人との待ち合わせ場所であるお店前についた。

「うへ、うへへ。日向くん×影山くんと月島×山口のW王道コンビがここに…!」
『ゆ、ゆかちゃ〜ん?!』

会った瞬間に何故か悶えだしたゆかちゃんに、横でちえが頭をかかえる。
何とか介抱して、お店の裏側から中に入った。


−男性陣、ショートケーキを食べた感想は?

「!ふわふわです!」
「うまいッス。」
「ツッキーこれおいしいよ。」
「うるさいよ山口。」


−男性陣、チーズケーキを食べた感想は?

「!とろとろです!!」
「ッス。」
「ツッキーこれもおいしいよ!」
「もういいよ山口。」


お姉さんもはや呆れを通り越して面白そうだ。
次から次へと楽しそうにケーキを出している。

一通り食べ終わったところで、みんな満足そうな顔をしていた。
この幸せそうな顔が見たくてケーキを作るんだって、いつだかお姉さんが言っていたのを思い出した。

私たち3人の意見はその都度お姉さんに簡単に伝えていた。
男の子4人は、さっきの様子では細かい感想は無理そうだなーと思っていると、月島くんがおもむろに話し出した。

「全体的に甘すぎないし、男女ともにこれなら人気出ると思います。特にショートケーキは絶品でした。酸味と甘みのバランスが絶妙です。ただ今出てたのがすべてだとすると、全体的にスポンジ系が多いのでモンブランはタルト生地でもいいんじゃないですか?
あと、オペラはシンプルさが売りなのはわかりますが、さすがに他のと比べると目を引かなくなってしまうので、金箔がピスタチオでワンポイントとかつけてみた方がいいと思います。もしくは全体的に四角いカットが多いから、こう屋根型にするとか形にバリエつけてもいいかもしれません。」

つ、月島くんがすごいしゃべってる!!

お姉さんも驚いて慌ててメモをとっていたけど、私たちだって驚きだ。
ポカンとしている私たちを余所に、月島くんは話を続けた。

「あと一つだけすごく甘みのつよいのありましたけど。昔ながらのバタークリーム、というか。」
「あぁ、あれはね。たまにお年寄りの方なんかが、今風の甘さ控え目のケーキはケーキじゃない!という方がいるので試しに作ってみたのよね。」
「あぁなるほど。僕は嫌いではないですが、あれだけ食べた人は、全体的にそういう味のお店だと勘違いしてしまうかもしれないですね。だったら注意書きとかポップを入れた方がいいと思いますよ。」
「俺!それ俺が考えます!!」
「日向ボゲェ!俺の方がいいのを出せるぞ!」

それを聞いていた日向くんが、突然声をあげて立候補した。
影山くんも負けじと意気込んでいる。
月島くんが「は?」と睨んでいるけど、どうやら二人はやる気満々だ。
もしかして、月島くんがしっかり意見だしてるから、お姉さんの役に立とうと頑張ってくれているのかな?


「ハイハイ!"ガツンとくる甘さ!"とか!」
「う〜ん。ちょっとケーキにはマイナスっぽいかも。」

鼻息荒く言った日向くんにお姉さんが困ったように眉をさげる。
あっ。日向くん、悲しそうにシュンとなっちゃった。

「ボゲェ!そんなんじゃ伝わらねぇだろ!ここは"頭に響く甘さ"だ!」
「何なの?バカなの?日向以下だよ。」

自信ありげに言った影山くんに、月島くんが冷たく言い放つ。
あっ。影山くん、ガーンってなっちゃった。

「ここは"ツッキーも認めた甘さ!"がいいと思うけどな。」
「どこの有名人よ、ツッキー。」

ボソリと意見した山口くんに、今度はちえが思わずツッコむ。
あっ。山口くん、何故か照れてる。

「甘みだし、"濃密な"とか"濃厚な"とかでいいんじゃない?"昔ながら"とか"しっかりとした甘さ"でも充分伝わると思うけど。」

お姉さんが「それ採用!」ともう一度メモをとる。
残りの三人は、ゲーンって顔になってる。面白いなぁ。
甘いものに関しては、月島くんの独壇場なんだなぁ。

「さて、みんな今日はありがとうね!助かった〜!跳子、というわけでオープン初日には焼き菓子のプレゼントするから、作るの手伝ってね。」
『えー!部活の後に手伝うの嫌だなぁ。』
「文句言わないの!あんたが料理上手になったのは誰のおかげよ?!」
『はーい…。』

しぶしぶ返事をすると、みんな"御馳走様でした!"と挨拶をしてお店を出る支度をする。
それぞれ「おいしかった〜」とか「今日はもうご飯食べれないー」とか口にしてると、支度の終わったらしい月島くんが私の隣にスッとならんだ。

「ふ〜ん。鈴木、お菓子作るの得意なんだ?」
『得意ってほどじゃないけどね。結構一時期ハマって教えてもらってたなー。』
「今日僕、結構役に立ったよね?」
『うん、本当にありがとう!』

−じゃあ今度僕だけにお菓子作ってきてよね。−


内緒話をするように耳元でそう囁いた月島くんの声が響いて、何故か今日食べたどのケーキよりも甘く感じた。


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