長編、企画 | ナノ

避けていた場所



−うちの部活、見に来てよ−

予想外の言葉に跳子が驚いて顔をあげると、何故か月島も眼鏡の奥で目を見開いていた。

そのまま思わず頷いてしまった跳子を見て、月島は「じゃあこっち」と前を向いて再び歩き出した。
跳子は慌ててついていくが、さっきの言葉と矛盾している自分の行動に内心焦っていた。
しかし今更なかったことにするのは失礼だし、こんなことでもないと踏み出せないのだからむしろいい機会かもしれない。

前向きに自分を奮い立たせる跳子だが、そういえば月島が何部か知らないことに気づく。
せめてそれだけでも先に聞いておこうと跳子は前を歩く月島に並ぶように足を速めた。

『つき…、』
「…さっき話してたケーキ屋。」
『え?』
「さっき友達と新しいケーキ屋の話してたデショ?あれどこのこと?」
『あ、あれね!駅の反対側出てすぐのパン屋さんがあったとこ、わかる?』

跳子の言葉に、月島が一瞬考えるような素振りを見せるがすぐに答えに思い当たったようだ。

「あぁ、仙台市内に移転するって閉めたとこ?」
『そうそこ!そこに従姉が来月末ケーキ屋さんをオープンするんだ!』
「なんだ、オープン前なんだ。でもすぐ行くような話してなかった?」
『お姉さんが今時の高校生の意見を聞きたいからって試食会を頼まれて。いつがいいか聞いてたんだよね。』
「…。」

興味なさそうな月島の口調は淡々としたまま変化はない。
それでも跳子には、その眼鏡の奥が何か言いたげに光ったように感じた。

『(今、月島君の眼鏡が光ったような…?)…月島くんも甘い物平気なら一緒にどうかな?』
「…!」
『男子高校生の意見聞けるならお姉さん喜ぶと思うし、何人でもって言われてるから山口くんと一緒に、とか…』
「…今週の日曜の夕方ならいいよ。」
『ほんと?やった!ありがとう!』

満面の笑みで手を叩いて喜ぶ跳子を見て、月島が戸惑うように顔を背けた。

(お礼を言うべきなのはこっちだし、そんなに喜ぶとか…ほんとバカ。)

耳が熱いのがバレないようにさらに足を早める。

跳子は月島に追い付いて、会話に夢中になって大事なことを聞いてないことに気づいた。

もう一度月島を呼ぼうと口を開きかけたが、そんな必要はもうなかった。

(まさか−、)

いつの間にか渡り廊下を渡っていて、目の前にはすでに大きな建物が存在していた。
その前でピタリを足を止め、振り向いた月島がとどめを指すように言う。

「ここ。」

−そこは入学してからずっと近寄らないようにしていた、男子バレーボール部が活動する第二体育館だったのだ。


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