長編、企画 | ナノ

三度目の正直



本格的に文化祭の準備が始まり、私は放課後梅木多さんたちと買い出しに出た。

必要な物を一気に買ってしまおうと駅前のショッピングモールに入ると、見知った後ろ姿を見つけた。

『あ、影山くん?』

私の声にその背の高い黒髪が振り向く。
相変わらずの鋭い目付きだったけど、私の顔を見てペコリと頭をさげた。

「跳子さん。どもス。」
「何何?跳子ちゃんの彼氏?」
『え、違っ…!』
「きゃー!年下くんかな?」
「それならじゃあごゆっくりー!跳子ちゃん、終わったら雑貨のとこ来てね!」

私の返事を聞くことなく、騒ぐだけ騒いで梅木多さん達はエスカレーターに向かいながら笑顔で手を振った。

声を出そうにも既に皆の姿は見えない。
ふぅ、と一つ息を吐いて、呆気にとられて固まっていた身体を動かし影山くんの方を振り向いた。

『えと、なんかごめんね。久しぶりだね。元気そうでよかった。』
「うす。跳子さんも元気そうっすね。」
『うん。ありがと。』

少しだけ目元を和らげた影山くんを見て、私は前回会った時の彼を思い出す。
−本当に元気そうでよかった。

といっても私は彼のことをそんなに詳しく知っているわけではない。
会ったのは今日でまだ3回目だ。


初めて出会ったのはまだ私の前髪が長かった頃。
学校帰りに影山くんとぶつかって、謝られたのがキッカケだった。

当時の私はぶつかられても舌打ちされたり、一方的に怒られたりすることがほとんどだったから、少し見た目の怖い影山くんが律儀に頭をさげてくれたのに少し驚いた。
視界が悪い状態で歩いている私も悪いと謝ったが、彼はどうやらイライラしながら歩いていたらしく、ちゃんと前を見ていなかったせいだともう一度「スイマセン」と口にした。

一度目はそれだけ。
互いに名前も知らないまま私たちは別れた。


二度目は夏。
私の視界が明るくなった後のことだ。

『あれ?君は…、』

思わず声をかけてしまった直後、前髪を切った私のことが解るわけがないと気づいて少し慌てる。
名前も知らないし、弁明しようにもただぶつかっただけの関係だから説明のしようもない。
しかし、影山くんは当然のように答えてくれた。

「あぁ、こないだの…。」

彼も私の名前がわからないせいかそこで言葉が止まった。

『あ、私、鈴木跳子です。青城2年です。』
「…影山飛雄ッス。青城だったんですね…。」

私だとよくわかったな、とちょっと嬉しくなった。
今までも、こんなにすぐに私だとわかったのは岩泉くんくらいだったから。

そう思って顔をあげて目を合わせると、影山くんの方が目を伏せたのに気づいた。
その彼の目には暗い色が映っていて、何やらショックなことがあったんだとわかった。

『…影山くん、何か食べに行かない?』
「は?」
『ご馳走するよー。』
「…はぁ。」

私は妙に少し前の自分を重ねてしまって放っておけなけず、急にそんな風に誘ってしまった。
でも何を聞くわけでも何をするわけでもなく、ただ一緒にご飯を食べただけだった。

互いにものすごいお喋りなわけじゃないから、たまにポツポツと話すくらい。
だけど別に嫌な雰囲気じゃなかった。

「…トスの先に、誰もいなかったんです。」

食後に冷たい飲み物をコクリと飲んだ後、彼は一言そう呟いた。

私はまだバレーについて詳しくは知らなかったし、彼の気持ちがわかるわけじゃない。
ただそれでひどく傷ついていることだけは解った。

ポツリポツリと、自分のバレーへの想いと仲間との確執、そして今後の進路について悩んでいるんだと言葉少なに話した。
私には明確な答えはないけれど、できることなら力になりたい。

『…私、最近までずっと視界狭かったの。周りが見えてなかったっていうか。それを人に言われて気づいた。気づいてみればそれだけのことだったんだなって。』
「…周り、ッスか。」
『うん。…でもそれって確かに"単純"だけど、自分にとっては"簡単"な事じゃなかったんだよね。』
「…それ、俺もちょっとわかります。」

理屈は単純。でも例えそれが解っていても解決出来るとは限らない。
誰かが側に居てくれたりして初めてできることがあると、私は最近身をもって知った事だった。

『進路とかもね。もし影山くんが自分で逃げだと思って、他の道を塞いでるならもったいないと思う。今が一番たくさんの選択肢があると思うから。』

目を見開いた影山くんを見て、私は苦笑を浮かべた。

『と言っても、私も言われただけなんだけどね。…別に逃げてもいいんだって教えられたの。目を開けてさえいれば教えてくれる人がたくさんいた。私は逃げて今ここにきてよかったから。影山くんも、きっと見つかると思う。』

私に道を教えてくれた岩泉くんや及川くんのように上手く言葉にできなかったけど、彼は最後には"ありがとうございます"と少し落ち着いた目でそう言ってくれた。


そして今日で三度目。
この間よりも落ち着いている様子に私は少し安心した。

「あの。跳子さん、こないだはどもス。せっかく会えたんですけど、俺今ちょっと行くとこあって…。」
『あっごめんね足止めして。よかったら文化祭きてね。』
「うす。失礼します。」

引き留めちゃうなんて悪い事をしてしまった。
慌てて文化祭の日程だけ伝え、私は影山くんに手を振る。
離れた先でもう一度こちらに会釈をする影山くんを見送って、私は皆と合流するためにエスカレーターに足をかけた。


「跳子ちゃん!何さっきの!かっこいいし可愛いじゃーん!」
「誰よあれー!」

数分後、興奮した様子の皆に囲まれる事になるなんて、その時の私にはわかるわけはなかった。


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