長編、企画 | ナノ

優しい二人のために


※短編 "優しい貴方のように"、 "優しい君のように"の続編です。


今日は日曜日。
跳子は付き合っている青根の部活が早めに終わるので、久しぶりに外で待ち合わせをしていた。

『あっ、青根さん!』

先にそこに立っていた青根が跳子に気付き、ペコリとお辞儀をする。
跳子が慌てて青根に駆け寄った。

『お待たせしてごめんなさい!部活、お疲れ様です。』
「いえ、大丈夫…です。」

ブンブンと首を振りながら青根が言う。
最近は前よりもたくさん声を聞かせてくれるようになって、跳子としては嬉しい限りだった。
ここには待ち合わせの人がたくさんいるからと、とりあえず二人は歩き始める。

(さて、今日はどこに行こうかな?)

そう考えている跳子に、青根が意を決して呼びかける。
まだそんなに呼ばれ慣れていない跳子は、そのたびにドキドキするのだ。

「跳子さん、」
『は、はいっ!』
「手…」
『?』
「手を、繋いで、も…?」

赤い耳で一生懸命言葉を探す青根を見て、跳子は喜びと恥ずかしさで同じように赤くなってしまう。

『!もちろんです…!…あの、聞かなくても大丈夫ですよ…!』

そして、そっと手を繋いで歩く。
青根は顔が怖いなんて言われるけど、繋ぐ手はひどく優しい。
壊れ物を扱うかのように、ふわりと包み込むように繋いでくれる大きな手。

跳子が喜びでふわふわしながら青根に話しかけようとすると、後ろから意外な声が聞こえた。

「あら。跳子?」
『!あ、お母さん!』
「!!」

ちょうど買い物帰りらしい跳子の母親に遭遇する。
驚きとともに、どちらともなく繋いだ手を離してしまった。
青根にとっては初めて顔を合わせる相手だった。

「あのっ!はじめ、まして。
…跳子さんとお付きあいしています、青根と、言います。」

跳子はびっくりして隣の青根を見つめる。
口下手で恥ずかしいであろう彼が、はっきりと自分の母親につきあっていると言ってくれたのだ。

(!嬉しい…)

跳子の母はそんな二人を見つめてニッコリと微笑む。

「青根くん、うちでご飯食べていかない?」
『!?ちょっとお母さん?』
「…!」

青根が驚きつつ大きくコックリと頷いたことで、3人は一緒に歩き始めた。
それと同時に青根がスッと母親の買い物袋を二つとも手にする。

「あの、持ちます。」

それを見た跳子は、初めて青根を見た時のことを思い出す。
優しいところは何一つ変わっていない彼が、今自分の隣にいてくれる。
それを実感するたびに、跳子は幸せだなと何故か少し泣きそうになるのだ。


初めての彼女宅訪問。
青根が緊張しながらお邪魔をし、そのままキッチンまで荷物を運ぶ。

「ありがとう青根くん。好き嫌いとかある?」

ブンブンと首を横に振る。本当に嫌いな食べ物などあまり思いつかない。

「じゃあできるまで、跳子の部屋にでも行っててね。」
『ちょっと待って!お母さんが急に呼ぶから片付いてないよ〜!』
「普段から片付けなさいって言ってるじゃないの。」

可愛らしい親子の会話に、青根が小さく微笑んだ。


『あの…汚くてごめんね。』

2階の部屋に案内した跳子がそういうが、青根にとってはどこが汚いのかわからない。
女の子らしく装飾品が多いので、シンプルな青根の部屋とはちょっと違うが充分キレイだと思った。

小さなガラステーブルの前に大きい青根がちょこんと座る。
なんだか逆にぬいぐるみのように見えて、跳子は思わず笑ってしまった。
そしてそのままドアを閉めようとすると青根が慌ててそれを止めた。

『?』

何故止められたのかわからないままの跳子に、もう一度首を振りながら青根が言う。

「親御さん、心配 する、から…。」

それは大きな声ではなかったが、飲み物を持って階段をあがってきていた跳子の母にも聞こえた。

(あら。いい男ねぇ…)

跳子が彼氏を連れてくるのが初めてであったし、今時の子がどうこうはよくわからないけれど、自らそれを言うなんて随分と真面目な彼であるのは確かだった。
思春期の娘が部屋で何をしてもあまりうるさく言うつもりはないが、それでも跳子の母親は安心した。
そして開いているドアから声をかけ、跳子に飲み物を渡す。
ちらりと見えた固まっているような青根に、母は心の中でありがとうと伝えた。


跳子の部屋の本棚にしまってあった昔のアルバムを二人で広げる。
懐かしいやら恥ずかしいやら、跳子にとっては複雑な思いだ。
中学三年の時の写真を見て、青根が小さな反応を見せた。

「あ…。」
『?どうかしました?』
「…この制服、初めて、跳子さんに会った時の…」
『え!?そうなんですか?』

跳子にはこの頃の自分が青根に会った覚えは全くなかった。

「この時にもう、好きに…なりました。」
『!!!』

青根の衝撃発言に跳子の思考は停止状態となった。
自分が告白してつきあい始めた相手が、それよりもだいぶ前から自分を想っていてくれたなんて。
跳子がポワンとしていると、下から母親の呼ぶ声が響いた。


「御馳走様、でした。」

3人で食事を終えた。
青根は座っていていいと言われたが、せめてこれくらいはと食器を下げる。

「男の子の食べっぷりはいいわねー。」
『青根さんは部活の練習後だもん!そりゃたくさん食べるよー。』

母と娘の会話の合間に、青根は再び席につくように促される。
そしてこの鈴木家のいつもの習慣なのか、食後のお茶は跳子が入れるようでそのままキッチンへ向かった。
自分の知らない彼女の家庭の決まり事を知れて、青根はまた小さく笑った。

そんな優しい目をした青根を見て、跳子の母親が向かいのイスに腰掛ける。

「…あの子が幸せそうで嬉しいわ。ありがとう青根くん。」

まさかの言葉に、青根は首と一緒に手も振りながら否定する。

「いえ、自分の方が、喜んでばかりです。」

クスリと跳子によく似た優しい目元を緩ませて、跳子の母親が笑う。

「そんな事ないわ。あなたに会ってからあの子、すごくいい方向に変わったのよ。優しくなりたいって。私も青根くんに会ってその意味がよくわかったわ。…これからもあの子をよろしくね。」

青根がその場で立ちあがって、ブンっと勢いよくお辞儀をする。

「ずっと、大切にします…!」


お茶を入れて戻ってきた跳子がその姿を見て不思議そうに疑問を口にしたが、二人とも笑うばかりで何を話したかは最後まで教えてくれなかった。


リクエストありがとうございました!


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