長編、企画 | ナノ

反省すべきは


全国大会出場決定と共に始まった澤村先輩とのお付き合い。
彼氏彼女なんて響きが自分には似合わない気がしてなんだかくすぐったい。

それでも次の日にこっそりとその事をちえとゆかちゃんにだけ報告すれば、二人は自分の事のようにすごく喜んでくれ、そんな笑顔を見ればまたさらに幸せが増したように感じた。


あれから早くも1か月が経とうとしている。
もう随分と秋も深まり、むしろすぐそこまで来ている12月の濃厚な冬の気配がひしひしと伝わってくる。

『おはよー…。』

朝練から教室に戻った私が少し大きめのため息をつけば、ちえとゆかちゃんが不思議そうな顔で席まで来てくれた。

「どうしたのよ、跳子。随分と珍しい表情してるじゃない?」
「ほんとほんと。澤村先輩とケンカでもした?」
『ううん、ケンカなんてしてないよ!心配かけてごめんね。』

私は慌ててブンブンと首を振る。
実際ケンカなんて付き合う前に一度だけした事があるくらいだった。
ただ、今一つちょっと頭を悩ませているというのは事実ではあるけれど、はたしてこんな事を二人に話してもいいのかわからなくて。
チラリと窺うような視線を向ければますます首を傾げる二人に、私は甘えてみることにする。

『全然ケンカじゃないんだけど…悩み、というか。あの、ちょっと聞いてもいい?』
「もちろん!」
「なになに〜?」

笑ってくれた二人の言葉にホッとして、私は恥ずかしながらモゴモゴと切り出す。

『わ、笑わないでね?』
「笑わないわよ。」
「あたりまえじゃん〜!」
『あのね。私、ちょっと悔しいというか、なんというか…。誰かと付き合うの初めてだし色々いっぱいいっぱいなんだけど、澤村先輩はなんかいつも余裕っていうか、大人な感じで。
…とにかく、付き合ってから先輩に翻弄されっぱなしなのー!!』

イーーッとなる私を見て一瞬キョトンとした二人が、笑わない約束をしたハズなのに大きな声で笑い始めた。

『ヒドイよ二人とも!!』
「ごめんー!思ったよりも可愛かったからさー!」
「というかここに来て報復されてるねー跳子!」
『ほ、報復?!』

まだ笑い続けるゆかちゃんの不穏な言葉に驚く。
え、私澤村先輩に報復されるような事したの!?

「あは。それだけ付き合う前に先輩の事振りまわしたって事よ。」
『振り…?私、そんな事してないよ!?』
「してないつもりでしてたのよ。」

ゆかちゃんだけでなくちえにまで肯定されてしまい、納得できないまま私は言葉に詰まる。
でも二人はちゃんとその後も話を聞いてくれ、お昼休みには3人で作戦会議を立てた。
要は私が先輩をドキドキさせたいんだ。


そして、次のデートの帰り道。
ちえとゆかちゃんが教えてくれた、この時期にはたくさんのイルミネーションが飾られるキレイな公園を通る。
周囲も何となく甘い雰囲気のカップルがたくさん居て、転々とあるベンチでの彼らの距離はすごく近い。
私たちはイルミネーションに目を向けながら、言葉少なにその間を通り過ぎていく。
…うぅ。聞いてはいたけど、ちょっと恥ずかしい。

イルミネーションが飾られているところを抜ければ、ベンチもなくなり周囲に人影は見えない。
少しだけ気まずそうに少し先を歩いていた澤村先輩が、フッと息を吐いて力を抜いたように見えた。
私はちょっとだけ周囲を確認して、そんな先輩の裾をグッと掴んでその足を止めた。


『澤村先輩、あの、私…、』
「?跳子、何だ?あ、早かったか?」
『いえ…。』

ちょっと私は口を噤めば、そこに時間の間が出来る。
よし、と一回気合いを入れて、私は息を小さく吸い込んだ。

『…今日、私、帰りたくないです。』
「っ?!な、…!?」
『…澤村先輩と、ずっと朝まで一緒に居たいです。』
「跳子…!お前…!」

私は恥ずかしくて自然と顔が熱くなるけど、澤村先輩の表情を見るために視線をあげる。
すると澤村先輩が驚いた顔で口を大きくパクパクさせていて。
でも言葉は出てこないし、その耳は赤くなっているように見えた。

これこそ先日二人に伝授された"作戦"なのだ。
きっと先輩は、今私の言葉にドキドキして焦ってくれているハズ。
そう思って私はフッと笑った。

『…なーんて!』
「!??」
『澤村先輩、少しはどぎまぎしてくれましたか?いつも私がさせられてばっかりだから、これは先輩への逆襲です!』
「逆…?!」
『どきどきさせられる私の気持ち、少しは解ってもらえましたか?』
「っ、何かと思えばそういう事か…!」

頭をポリポリと掻きながら澤村先輩が呟いて、はぁーっと大きなため息と共にその場にしゃがみこんだ。
それを見て、満足した私は笑顔で先輩にピースサインを贈る。

『ふふ。ちえとゆかちゃんと作戦立てたんです。…いつも先輩、余裕そうなんですもん。』
「全然そんな事ないんだけどな。…でもまぁ参ったよ。降参です。」
『やった!じゃあ作戦成功ですね!』
「それにしても…ドコであんな事覚えたんだよ。」
『こないだゆかちゃん家でお泊り会した時に、バラエティー番組で"ベタな台詞ドラマ"とかいうのやってて。笑って見てたんですけど、隣でゆかちゃんのお兄さんが"でもこんなん言われたら実際どきっとする"と言われてたんです。』

私はもう一度肩で大きく息を吐いた先輩の反応に満足してくすくすと笑った。
しかしそれを見ていた澤村先輩が、ニッと笑って立ち上がる。

「…まぁでも?おかげでそのままスッと帰すことはできなくなったけどな?」
『え、えぇ?!』
「冗談にしては効きすぎたって事で諦めてくれ。」
『そんな…!』

笑顔のままの先輩が大きく一歩前に進んだのと同じ距離分だけ後ずさるが、すぐに手を捕まえられて先輩の方へ引き寄せられる。
ぼふんと先輩のダウンに顔をぶつけてしまった。

「おかげであつらえ向きに誰もいなそうだしな。…キス、してもいいか?」
『せ、先輩…。』

あわあわと慌てる私の顔を先輩が掴んで固定すれば、もう逃げられる気がしない。
でも、誰もいないかもしれないけどここは外だし、いつ見られるかわからないし、まだキスだってそんなに慣れてもいない。
そう言おうと思って恐る恐る視線をあげれば、真剣な顔の澤村先輩と目が合った。

…あぁ、そんな目で見られたら、触れて欲しくなっちゃうんだ。

「その…目を瞑ってくれないか…?」
『う…、あ、ハイ…。』

結局、素直に彼の言葉通りに目を瞑る。

(恥ずかしい…!)

−しかしいつまで経っても期待している唇へ触れられる気配がなくて。
そーっと片目を開けてみると澤村先輩がなぜかじっと私を見つめているのが見えた。

『せ、んぱい…?』
「…いいな。目を瞑って俺を待つ姿。すげー可愛い。」
『んなっ…!ヒドイです!』

そんな姿をただじっと見られていたなんて!!
少し泣きそうになりながら抗議すると、悪びれた様子もなく小さくクククッと笑いながら謝罪する姿。
じたじたと先輩の腕の中で精いっぱい暴れるが、先輩はびくともしなかった。

『悪いと思ってないですよね!!』
「そんなことないよ。待たせて悪いとは思ってる。ごめんごめん。…ホラ。」

そして目を開けたままチュッとキスをされた。
待ちわびた感触が嬉しいような、でも素直に喜ぶのも癪に障るので私は小さくぶちぶちと抗議を続ける。

『待たせたこと…じゃなくて、ですね…。もっとこう、違うところを悪いと思って欲しいんですけど…。』
「…まぁ、そうだな。」
『そうですよね!じゃあ…!』
「どちらかというと、俺じゃなくて可愛すぎるお前が悪いと思ってるしな。」
『えぇっ?!』


あぁもう。
反省すべきはあなたのハズなのに、結局翻弄されるのは私の方で。

この作戦はどうやら失敗に終わったけど、なんだかんだで振り回されても幸せだって思っちゃう私は、もう末期かもしれない。


はるみかん様、リクエストありがとうございました!
ちょっといちゃこらとは違うかもしれませんが…ごめんなさい!


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