長編、企画 | ナノ

幸せのカタチ



「ママー!あのねー、海ねー。お婿さん決めたよー。」

キッチンで料理を盛り付ける跳子の元に、娘の海がパタパタと嬉しそうに走りこんでくる。
跳子が少し驚いて一瞬動きを止めた瞬間、後ろからゴトンと何かを落とす音が聞こえた。
恐る恐る振り向いてみれば、まだ未開封の缶ビールがゴロゴロとゆっくり転がってくる後ろで、冷蔵庫にビールを取りに来ていた澤村が海の言葉の衝撃によって顔面蒼白のままピシャリと固まっていた。

「…!海!もうパパと結婚するって言うのやめたのか?!」

いつか来るかもしれないとは思っているが、それにしても早すぎる。
澤村がショックを隠しきれない様子で声をあげると、海が少し考える仕草を見せた。

「だって、パパはママと結婚してるから無理だってママが言うんだもん。」
『!あっ、コラ!』

娘の思わぬ告げ口に、跳子が焦った様子で止めようとするがもう手遅れだった。

「跳子…。」
『う〜、ごめんなさい〜…。だって…!』
「…謝る必要なんてないよ、跳子。嬉しいぞ。」

言い訳をしようとしどろもどろになる跳子を見て、澤村がクスリと目元を緩ませて笑う。
結婚して何年か経っても、最愛の妻はこんなにも可愛らしい。
跳子の近くに歩み寄った澤村が昔と同じようにその頭にポンと手を置けば、跳子も嬉しそうに頬を染めた。

「…オーイ、お前ら。俺らが遊びに来てるっての忘れるなよー。」
「相変わらずラブラブだねぇ。」
「『!!』」

キッチンにひょっこりと顔を出したのは菅原と東峰だ。
今日は烏野高校男子バレー部が、澤村の家に遊びに来ているのだ。
カウンター式キッチンでの会話はすぐ横のリビングまで筒抜けで、他のメンツもリビングで呆れながら赤くなっている。

あはははと照れを隠すように笑って誤魔化しながら、澤村が新しいビールを、そして跳子がサラダと簡単なおつまみをテーブルに置いた。

話途中だった海が後ろについてきて、跳子の顔を見上げた。

「だからねー、海、蛍くんと結婚するの。」
『え?月島くんと!?』
「なにっ?!」

予想外の相手に、澤村がリビングのソファに腰掛けていた当人の方を向いた。

「月島ぁぁぁ!!」
「ハイ?」
「お前、どういう事だ!?」
「…主将、何子供の言う事を真に受けてるんですか。」
「パパ!蛍くんいじめないの!!」

ガーーーン

間に入って月島に味方をする愛娘に、澤村がショックを受ける。
澤村が撃沈しているのをよそに、海が背の高い月島に向かって両手を伸ばした。

「蛍くーん、抱っこー!」
「ハイハイ。」

ため息をつきながらも、少し嬉しそうに月島は海を抱き上げる。
月島に抱き上げられるとすごく高くて、パァァっと海が顔を明るくしながらその首にしがみつく。

「蛍くんは海の事好き?」
「…。うん。」
「じゃあ海の事お嫁さんにしてくれる?」
「…。」

そんな二人の会話に、復活した澤村が慌てて声をあげる。

「海!海が結婚できる頃には月島はもうおじさんなの!」
「おじさんじゃないよパパ!海が16歳の時、蛍くん38歳だもん。しぶくてちょうどいいよ!おとこは30過ぎてからなんだって!」
「誰がそんな事を…!」
「りゅーと、ゆー。」

すでに食卓で箸を手にしていた田中と西谷が、ギクッと肩を揺らす。

「コラ!目上の人を呼び捨てにしちゃダメだろ、海。」
「…ごめんなさい。パパ。」
「海。パパに謝ってもしょうがないだろ。」

月島の首にぎゅっと抱きつきながら、うるうるとした目で田中と西谷を見つめる。

「りゅーおじさんもゆーおじさんも、ゴメンね?」
「よし。ちゃんと言えたな。海、いい子だ。」

父親の顔をした澤村が娘に笑顔を向ける。
田中も西谷もメロメロになった顔で「全然大丈夫だぞ!」と笑った。

(この雰囲気のままだったらもしかしたら…。)

田中と西谷がそんなことを考えた矢先、澤村が笑顔のまま二人の方をくるっと振り向いた。

「−で。どういう事だ?田中。西谷。」
「ヒィィッ!違うんス!俺らは互いに慰め合ってただけッス!」
「別に他意はないんですって!マジで!」
「−そんな言い訳がきくかぁ!」

そんな三人を見てオロオロとする東峰とは対照に、全く止める気もなさそうな菅原が「跳子ちゃん、これうまいね」なんて言いながらもぐもぐと口を動かす。
すっかり眠っている自分の息子の健支を横目で見つめて、田中と西谷を捕まえた澤村に向かって声をかけた。

「っつか計算早くね?海ちゃんは頭いいなぁ。うちのとは大違いだべ。」
「そうだろう、海は本当に…ってスガ!そんな話をしてるんじゃない!海もいい加減降りなさい!」
「えぇーやだー。蛍くんといるー。海、お嫁さんになるんだもんー。」
「……。」
「月島!お前も考えるな!"それもアリか…"みたいな顔になってるぞ!」

海を巡ってギャーギャーと騒いでいる皆を見て、跳子が苦笑いでため息をつく。
すると静かに本を読んでいた空がちょこちょこと跳子の元にやってきて、スカートをそっと引っ張った。
それに気付いた跳子がにっこりと笑って空を抱き上げる。

『海はもう旦那さん決めたんだってー。空、寂しい?』
「んーん。」
『空も幼稚園ではいろいろな子に言われてるじゃない?誰がいいのー?』
「…空はママと結婚する。絶対。」
『わぁ。』

跳子の首元にぎゅうと抱きついて言う空の言葉に、クスリと笑った跳子もお返しにぎゅっと抱きしめる。

大騒ぎの隙にこっちもラブラブだ。

最強のライバルに澤村が気づくのは、果たしていつになるのか。


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